ライフ

羽生善治三冠が目指す「自由な将棋」が名人戦の大激戦を演出

 出会いは小学校時代に出場した将棋大会に遡る。以来、同じ年に生まれた2人の天才は、数十年にわたって棋界の頂点で死闘を続けることになる。早熟の天才・羽生善治三冠(43)と円熟の天才・森内俊之竜王・名人(43)。ともに永世名人同士、実に名人戦にして9度の戦いとなる「第72期名人戦」に作家・大崎善生氏が密着した。5月8、9日に行なわれた第3局の様子を綴る。

 * * *
 初対決から33年後、この日相矢倉から始まった名人戦はこれまで羽生の2戦2勝。この一戦に勝てばタイトルに王手がかかる。戦いは、羽生が穴熊を目指し一日目から神経質な戦いを展開。駒損をしながら玉を固めようという高等戦術で、形勢判断の極めて難しい戦形に積極的に誘導している。

 今期名人戦の第1局も観戦の機会を得て訪れたのだが、その戦形も森内が二枚の生飛車を自陣に持ち、羽生が二枚の角を自陣に据えるという見たことのないような戦形だった。子供同士で飛車と角の好きなほうを持ち合って、どっちが有利かやってみるという遊び将棋のような戦いで、まさに名人に定跡なしという自由さに溢れていた。しかもその将棋は中盤以降も形勢不明のぎりぎりの戦いが続き、名人戦史上でもまれに見る大激戦となっている。

 定跡に縛られない自由な戦い。おそらくそれこそが羽生が、ここ数年で目指しているものであり、その結果、将棋はその本質に向かって突き進んでいるような印象を覚える。それまでの定跡や常識は次々に解体され、部品一つ一つを洗いなおされている。正しかったことが間違いになり、間違っていたことが正しくなる。そんな改革がついに名人戦という最高の舞台でもなされるようになっている。それを意図的に誘導しているのは羽生である。しかし対する森内も、次々と現れる局面にしっかりと対応している。

 2人の将棋を観ているとしっかりとしたシンフォニーだったはずの将棋がまるでジャズのように聴こえてくる。とくにこのところの羽生の将棋には、その場その場で自由に音を奏でていく決まりも楽譜さえもない即興の魅力がある。少しでも音を拾い損なえば一瞬にして瓦解してしまうような、危うい場所を羽生は綱渡りのように歩いている。

 一方の森内は堂々としたものだ。その表情も所作も指し手も端然と揺らぐところがなく、大名人の風格を備え付けているのには驚いた。常に同世代のスーパースター羽生の陰に隠れているような存在だったが、しかし決して離されることなく歯を食いしばって食らいつき、名人位に関しては羽生を凌いでいるのだから立派というしかない。大激戦となった第3局は羽生に軍配が上がったが、今期の名人戦観戦でもっとも私の印象に残ったのが森内の姿であった。

※週刊ポスト2014年5月30日号

関連キーワード

トピックス

足を止め、取材に答える大野
【活動休止後初!独占告白】大野智、「嵐」再始動に「必ず5人で集まって話をします」、自動車教習所通いには「免許はあともう少しかな」
女性セブン
今年1月から番組に復帰した神田正輝(事務所SNS より)
「本人が絶対話さない病状」激やせ復帰の神田正輝、『旅サラダ』番組存続の今後とスタッフが驚愕した“神田の変化”
NEWSポストセブン
大谷翔平選手(時事通信フォト)と妻・真美子さん(富士通レッドウェーブ公式ブログより)
《水原一平ショック》大谷翔平は「真美子なら安心してボケられる」妻の同級生が明かした「女神様キャラ」な一面
NEWSポストセブン
裏金問題を受けて辞職した宮澤博行・衆院議員
【パパ活辞職】宮澤博行議員、夜の繁華街でキャバクラ嬢に破顔 今井絵理子議員が食べた後の骨をむさぼり食う芸も
NEWSポストセブン
《那須町男女遺体遺棄事件》剛腕経営者だった被害者は近隣店舗と頻繁にトラブル 上野界隈では中国マフィアの影響も
《那須町男女遺体遺棄事件》剛腕経営者だった被害者は近隣店舗と頻繁にトラブル 上野界隈では中国マフィアの影響も
女性セブン
山下智久と赤西仁。赤西は昨年末、離婚も公表した
山下智久が赤西仁らに続いてCM出演へ 元ジャニーズの連続起用に「一括りにされているみたい」とモヤモヤ、過去には“絶交”事件も 
女性セブン
日本、メジャーで活躍した松井秀喜氏(時事通信フォト)
【水原一平騒動も対照的】松井秀喜と全く違う「大谷翔平の生き方」結婚相手・真美子さんの公開や「通訳」をめぐる大きな違い
NEWSポストセブン
海外向けビジネスでは契約書とにらめっこの日々だという
フジ元アナ・秋元優里氏、竹林騒動から6年を経て再婚 現在はビジネス推進局で海外担当、お相手は総合商社の幹部クラス
女性セブン
大谷翔平の伝記絵本から水谷一平氏が消えた(写真/Aflo)
《大谷翔平の伝記絵本》水原一平容疑者の姿が消失、出版社は「協議のうえ修正」 大谷はトラブル再発防止のため“側近再編”を検討中
女性セブン
被害者の宝島龍太郎さん。上野で飲食店などを経営していた
《那須・2遺体》被害者は中国人オーナーが爆増した上野の繁華街で有名人「監禁や暴力は日常」「悪口がトラブルのもと」トラブル相次ぐ上野エリアの今
NEWSポストセブン
交際中のテレ朝斎藤アナとラグビー日本代表姫野選手
《名古屋お泊りデート写真》テレ朝・斎藤ちはるアナが乗り込んだラグビー姫野和樹の愛車助手席「無防備なジャージ姿のお忍び愛」
NEWSポストセブン
運送会社社長の大川さんを殺害した内田洋輔被告
【埼玉・会社社長メッタ刺し事件】「骨折していたのに何度も…」被害者の親友が語った29歳容疑者の事件後の“不可解な動き”
NEWSポストセブン