■ではなぜ新生児が30ccをごくごく飲むのか

 推進派の医師たちは、カンガルーケアには母子の絆を深めるだけではなく、「体温上昇作用」「血糖値の安定」「呼吸機能の安定」の効果がある(日本周産期・新生児医学会と日本産婦人科医会での発表)と唱え、助産師や看護師もそう教えられている。母親にすれば、生まれたすぐから赤ちゃんを抱いて自分の体温で温めるカンガルーケアは「自然な行為」で、良いと思い込むのも無理はない。

 しかし、そうした認識ゆえに事故が相次いでいるのは紛れもない事実だ。九州の病院では、看護師が低体温に陥った赤ちゃんを「温めてください」と母親に抱かせて事故が起きた。名古屋大学附属病院でも、出産直後の母親のお腹に「子宮収縮を早めるため」という理由で保冷剤を巻いたままカンガルーケアをさせ、赤ちゃんが一時呼吸停止に陥る事故が起きた。事故調査委員会の報告書では、「保温が適切であったとはいえない」と指摘された。

 推進派はそれでもメリットがあると主張するが、実は、推進派がカンガルーケアの体温上昇効果の根拠として挙げているのは15年前にアフリカのザンビアで発表された早産児や低出生体重児の調査だけで、日本のデータではない。

 長年、新生児の体温を研究してきた久保田氏は、そこに現代産科学の盲点があると指摘する。

 久保田氏は日本で初めて胎児の体温や母親の胎内の温度を測定し、それが母親の体温(約37度)より高い平均38.2度だと発表した。さらに生まれた直後の赤ちゃんの「体温」と「足の温度」を比較して体温や体の機能が安定するまでのメカニズムを調べた。この研究は世界的にも注目されている。生まれた直後の赤ちゃんの体温調節の詳細な研究は世界でも前例がなかったからだ。

「産科学の教科書では新生児に母乳や人工乳を与えてもすぐ吐くのは自然なことで、赤ちゃんは胃が小さくて飲めないのだと教えている。しかし、飲めないのは38度の母親の胎内から25度前後の分娩室に移された赤ちゃんが一時的な低体温ショックの状態にあり、胃腸が正常に働かないからなのです。その証拠に、生まれた直後の赤ちゃんを34度の保育器に入れると、生後1時間目からぐいぐいと糖水を飲む。大人も寒い中では食欲が湧かず、食べても吐くことがある。同じメカニズムです。

 25度の分娩室は大人には暖かく感じられても、赤ちゃんには極端に寒い。分娩室で赤ちゃんを抱いたお母さんは皆『温かい』といいますが、それは赤ちゃんからすると母親に体温を奪われていることを意味します。つまりカンガルーケアに体温上昇効果はなく、逆に冷やされて胃腸の働きが悪くなるから血糖値の上昇効果も見込めないのです」

 途上国と違って日本の産婦人科には必ず保育器がある。母親に抱かせるのではなく、出生直後に体の機能が安定するまで保育器で管理するのは最先端のケアだと指摘するのである。

 久保田氏の医院では、生後1時間目の赤ちゃんが保育器の中で哺乳瓶に入った30ccの糖水を飲みほす様子をホームページで紹介している。どれほど喉が渇いていたとしても、「3ccの胃袋」でその10倍の糖水を飲み干せるはずがない。そもそも飲む意思がなければ赤ちゃんは哺乳瓶から口を離す。まさに推進派の理想通りに「飲みたいだけ飲んでいる」のである。久保田氏の警鐘を正面から受け止め、従来の常識が正しいかどうか検証すべきだろう。

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