ライフ

安楽死選んだ元教師の選択「僕が死ぬ日にパーティしよう」

赤いカーディガンを羽織る男性がウィル。この1時間後、彼は旅立った

 ジャーナリスト、宮下洋一氏によるSAPIO連載「世界安楽死を巡る旅 私、死んでもいいですか」。当初、安楽死に懐疑的だった筆者は、これまでのスイスやオランダでの取材を通して徐々に考えを改めていく。安楽死を巡る議論は国家の法規制の有無に終始しがちだが、それぞれの国民性や個人の性格にも関心を注ぐべきではないか。そう思い至るきっかけとなった、アムステルダムの小さな喫茶店での出逢いから知った、あるオランダ人数学教師の選択についてリポートする。

 * * *
 次の取材は、なかなか決まらなかった。前号お伝えした通り、私はオランダの安楽死団体のバックアップを得られなかった。つまり行く当てがない。

 とりあえずアムステルダムの喫茶店で、オランダ人の好きなトマトスープを飲むことにした。肩を落としつつ、スープを味わっていた私の前に、2人の高齢女性が現れ、「おいしいかい」と、1人が笑顔で私に尋ねた。

 隣の席に座った2人は、しばらく世間話をしていたが、また突然、私のほうを向いて、質問をしてきた。

「旅行中かなにか?」

「いえ、ジャーナリストをしているんです。安楽死の本を書いているもので」

 アジア人が彼女たちの国の安楽死について、話し始めたことに興味を持ち出したようだった。しばしの雑談のあと、白髪のアリダ・トゥーリン(79)が、いきなりこう言った。

「私はNVVE(オランダ安楽死協会)の会員で、安楽死を望んでいるのよ」

 すると、もう1人のプック・キールスマーカー(75)も言った。

「え、あなたも? 私もよ」

 これがオランダの現実か。開いた口が塞がらなかった。今まで、医師や協会関係者に目を向けることばかりで、市民の存在を忘れていたことに思い至る。私は興奮気味に、この女性2人に引き続き問いかけた。

 安楽死をした家族や友人はいますか。

 プックは「いるわよ」と言い、白ワインを一口飲んだ後、4年前の出来事を思い返した。

「あれは、天気のよい3月のことでした。長い付き合いで、とても仲の良い友人夫妻の旦那さんが愛煙家で顎の辺に癌を患っていたんです。私たち友人と家族を合わせて約30人が、安楽死当日のパーティーに招待されたんですよ」

 パーティーですか?

「ええ、あれは盛大なパーティーでしたね。彼の自宅の庭でビールやワインを飲んだり、食事をしたり、楽しくワイワイと過ごしました。午後3時になると、旦那さんと奥さんが全員に挨拶をして、部屋に向かったのですが、最後に彼は私たちをビックリさせたのです。何をしたと思います?」

 奥さんとダンスを披露したとか?

「いいえ、タバコを取り出して吸い始めたんですよ。『これが最後の1本だ』と言って」

 安楽死を遂げる人々は、悔いが残らないよう事前に決めた行動を取る。それにしても、なんと重い一服だろうか。

「旦那さんが亡くなった時、庭で彼の愛犬を預かっていたの。犬も分かるのね。クンクン、泣くように吼えてたわ」

 私はプックと連絡先を交換し、夫が安楽死を選択した友人に会うことができるよう、協力してもらうことにした。

関連キーワード

関連記事

トピックス

体調を見極めながらの公務へのお出ましだという(4月、東京・清瀬市。写真/JMPA)
体調不調が長引く紀子さま、宮内庁病院は「1500万円分の薬」を購入 “皇室のかかりつけ医”に炎症性腸疾患のスペシャリストが着任
女性セブン
被害男性は生前、社長と揉めていたという
【青森県七戸町死体遺棄事件】近隣住民が見ていた被害者男性が乗る“トラックの謎” 逮捕の社長は「赤いチェイサーに日本刀」
NEWSポストセブン
タイトルを狙うライバルたちが続々登場(共同通信社)
藤井聡太八冠に闘志を燃やす同世代棋士たちの包囲網 「大泣きさせた因縁の同級生」「宣戦布告した最年少プロ棋士」…“逆襲”に沸く将棋界
女性セブン
学習院初等科時代から山本さん(右)と共にチェロを演奏され来た(写真は2017年4月、東京・豊島区。写真/JMPA)
愛子さま、早逝の親友チェリストの「追悼コンサート」をご鑑賞 ステージには木村拓哉の長女Cocomiの姿
女性セブン
被害者の平澤俊乃さん、和久井学容疑者
《新宿タワマン刺殺》「シャンパン連発」上野のキャバクラで働いた被害女性、殺害の1か月前にSNSで意味深発言「今まで男もお金も私を幸せにしなかった」
NEWSポストセブン
睡眠研究の第一人者、柳沢正史教授
ノーベル賞候補となった研究者に訊いた“睡眠の謎”「自称ショートスリーパーの99%以上はただの寝不足です」
週刊ポスト
NHK次期エースの林田アナ。離婚していたことがわかった
《NHK林田アナの離婚真相》「1泊2980円のネカフェに寝泊まり」元旦那のあだ名は「社長」理想とはかけ離れた夫婦生活「同僚の言葉に涙」
NEWSポストセブン
公式X(旧Twitter)アカウントを開設した氷川きよし(インスタグラムより)
《再始動》事務所独立の氷川きよしが公式Xアカウントを開設 芸名は継続の裏で手放した「過去」
NEWSポストセブン
大谷翔平の妻・真美子さんを待つ“奥さま会”の習わし 食事会では“最も年俸が高い選手の妻”が全額支払い、夫の活躍による厳しいマウンティングも
大谷翔平の妻・真美子さんを待つ“奥さま会”の習わし 食事会では“最も年俸が高い選手の妻”が全額支払い、夫の活躍による厳しいマウンティングも
女性セブン
広末涼子と鳥羽シェフ
【幸せオーラ満開の姿】広末涼子、交際は順調 鳥羽周作シェフの誕生日に子供たちと庶民派中華でパーティー
女性セブン
林田理沙アナ。離婚していたことがわかった(NHK公式HPより)
「ホテルやネカフェを転々」NHK・林田理沙アナ、一般男性と離婚していた「局内でも心配の声あがる」
NEWSポストセブン
猛追するブチギレ男性店員を止める女性スタッフ
《逆カスハラ》「おい、表出ろ!」マクドナルド柏店のブチギレ男性店員はマネージャー「ヤバいのがいると言われていた」騒動の一部始終
NEWSポストセブン