一つだけはっきりしていることがあります。人間が諦めると馬も諦める。この馬は勝てないと人間が思ったら、馬は走らなくなります。調教で厳しく攻めず、暴れるときにも厳しく叱らないと、「なんだ、ちゃんとしなくていいのか」と思ってしまう。
馬はエネルギーを競馬だけに使うスキルが身につかず、本番はエネルギーロスが大きくて勝てなくなる。競馬への意欲がなくなってしまうんですね。そんな理屈はホースマンであれば百も承知なのですが、たとえば厩務員が3歳未勝利馬と2歳の馬を担当したとき、心情的に新たな可能性のほうに気合いが割かれるのは仕方のないことかもしれません。
それではいけない。馬が勝ち上がれなくなる雰囲気を、厩舎に作らないことが大事です。勝てない理由を割り出し、的確な対策を打つ。人間側が諦めてはいけません。
苦労してやっと勝って、そこからどんどん良くなった馬も珍しくありません。デルタブルースの初勝利はデビューから5か月後、6戦目の3歳4月。その半年後に菊花賞を制するまでになっています。いまの角居厩舎にも、将来性豊かな3歳未勝利馬が控えています。
●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代2位、現役では1位(2016年6月26日終了時点)。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、馬文化普及、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、エピファネイア、ラキシス、サンビスタなど。
※週刊ポスト2016年7月15日号