パドックは馬にとっても、仕上げを担当する厩務員にとっても、日頃の成果を披露する晴れ舞台。角居厩舎ではパドックできちんとできるように馬を作ります。ファンにバツ印をつけられるような仕上がりは避けたい。馬を預かる人間の責務だと肝に銘じています。
引き手をぐいぐいと引っ張るような歩様は、気合いが入っているようでいてそうでもない。引き手よりも速く歩く馬は気負い気味でしょう。入れ込み癖のある馬の場合、引いている人間が、馬のリズムに合わせて大股で速く歩くこともあります。厩務員に鼻面を寄せて甘えているのも、「早く帰りたい」という幼い仕草ですね。本馬場ではなく厩舎の馬房に気持ちが向いている。
馬にとってはパドックも経験です。のんびり歩いている馬でも、パドック周回から本馬場のスタートまでの間のどこかでスイッチを入れる。場数を踏むことで自分のスイッチの入れ方が分かってくる。「とまーれ!」の声がかかって、勝負服を着たジョッキーが自分の元に駆け寄ってきてムチを持って跨がる。このときに、馬に指示する人間が厩務員からジョッキーに変わる。ここに注目するのも面白いかもしれません。
●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代2位、現役では1位(2016年11月27日終了時点)。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、エピファネイア、サンビスタなど。
※週刊ポスト2016年12月16日号