昭和の時代には、各厩舎に「腕利きの厩務員」がいました。職人気質で、馬には乗れなくても、経験と技術を駆使して勝てる馬を作ってきました。まるで馬と会話ができるような親密な関係を築くことができる頼もしい存在です。そういう名厩務員が日本の競馬を支え、多くの名馬を世に送り出してきました。
腕利きの厩務員にはお気にいりの調教助手がいました。センスのある調教助手を見つけ出してきて、馬の長所や癖を教え、調教のポイントを指示し、自分の担当馬を優先して調教をつけさせる。厩舎のためというより、自分のために調教助手を育てたわけです。その関係性で強い馬を作っていった。
オーナーからの信頼も厚くなり、厩務員が厩舎の主導権を握ることもある。「オレが厩舎を支えている」と自負する人も大勢いたようです。若い調教師に「オレがいい馬を集めてやるから」と豪語する厩務員も珍しくなかった。
ですが、腕利きの厩務員は馬を育てても、次代の若手厩務員を育てないものです。
たとえば、厩舎で一番いい馬を若手に任せ、自分は少し崩れた馬の面倒を見る、ということをしない。「この馬は、オレに任せとけ」と胸を張られると、勝ちが見込めるために調教師もとりあえずは安心です。新馬が入ってくるとき、まず厩務員に担当したい馬を選ばせたというのはよくある話でした。
●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代3位、現役では2位。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、エピファネイア、サンビスタなど。
※週刊ポスト2017年3月24・31日号