一流大学の入学者の家庭を調べると、平均よりずっと所得が高い。裕福な親は子どもによい教育を与えられるのだから、貧しい家庭の子どもとの「教育格差」は開いていくばかりだ。これは不公平だから、親の所得にかかわらず平等に教育を受ける権利を国家が保障すべきだ。
いかにももっともらしいが、次のような事実はどう考えればいいのだろう。行動遺伝学では、一卵性双生児や二卵性双生児を比較することで、身長・体重から性格に至るまで、さまざまな属性における遺伝と環境の影響を調べている。そうした研究を総合すると、論理的推論能力の遺伝率は68%、一般知能(IQ)の遺伝率は77%で、知能のちがい(頭の良し悪し)の7~8割は遺伝で説明できることを示している。
知識社会とは、知能の高いひとが経済的に成功する社会だ。行動遺伝学によれば、知能の高い親からは、知能の高い子どもが生まれやすい。一流大学に進学するであろう彼らの家計を調べれば親の所得が高いのは当たり前で、ここにはなんら不正なところはない。
このような主張を不快に思うひともいるだろう。だが私は、一介の納税者として、行動遺伝学の証拠(エビデンス)にもとづいてよりシンプルな解釈を提示しているだけだ。それを反証し、自分たちが多額の税金を受け取る正当な理由を納税者に納得させる「説明責任」は、当然のことながら、受益者である教育者が負っている。
誤解のないようにいっておくと、私は「成績の悪い子どもに税を投入する必要はない」といいたいわけではない。給付型奨学金のように、成績のよい子どもを支援する政策の方がはるかに税の無駄遣いだからだ。
知識社会では高学歴=高収入の因果関係があることは誰でも知っている。知能の高い子どもは将来、大きな収入を期待できるのだから、奨学金は利子をつけて返してもらえばいいだけだ。