ネコブームは、その経済効果の高さから「ネコノミクス」という新語も登場している。ネコノミクスの火付け役といわれる和歌山電鉄の「たま駅長」など、ネコと鉄道の縁は、近年、急速に深まっている。ライターの小川裕夫氏が、鉄道業界で今も続くネコノミクスの様子を追った。
* * *
9月10日、岐阜県・三重県を走る養老鉄道で、保護猫チャリティーイベント「ハピねこトレインin池野駅」が開催された。同イベントは、猫の殺処分をなくそうとする動物愛護団体と養老鉄道などが協力して”ねこカフェ列車”を運行するというもの。列車内を猫カフェに仕立てるのは、全国初の試みだ。
「養老鉄道では、猫のイラストを車体にあしらった”東海じゃらん号”という列車を昨年に運行しました。それが好評を博したので、さらに猫の企画列車ができないかと思案していたのです。そこで、今回の “ねこカフェ列車”につながりました。同列車では、保護された猫の里親探しを兼ねていますので、参加者と猫のマッチングも予定しています」(養老鉄道総務企画課)
今回の”ねこカフェ列車”の運行が発表されると、鉄道ファンのみならず猫愛好家から参加の申し込みが相次いだ。同日に限定運転される2本の列車は、即日40名の応募に達した。
養老鉄道の列車は一日限定のイベント列車だが、各地では鉄道と猫のコラボレーションが相次いでいる。
猫と鉄道のコラボでもっとも有名な事例が、和歌山県を走る和歌山電鉄だ。もともと南海電鉄貴志川線だった和歌山電鉄は、利用者減により2004(平成16)年に南海が撤退を表明。しかし、沿線自治体の和歌山市と貴志川町(現・紀の川市)が鉄道存続を模索。白羽の矢を立てたのが、岡山県で路面電車を運行していた岡山電気軌道(岡電)だった。
岡電は岡山市内に4.6キロメートルしか線路を保有していないミニ路面電車事業者だが、岡電の小嶋光信社長は新車を続々と導入する。新しく登場した車両は、市民に乗ってみたいと思わせることになり、利用者が増加。革新的な手法で地方鉄道を甦らせた小嶋社長は、業界内で地方交通再生請負人とまで呼ばれるようになる。
そうした経緯から、和歌山市や貴志川町は岡電に救いの手を求めた。そして、岡電はそれに応じる形で貴志川線の運行を引き受ける。
岡電によって新たに立ち上げられた和歌山電鉄は、沿線の特産品だったイチゴをモチーフにした”いちご電車”、車内にガチャガチャが設置されてプラモデル・フィギアなども展示されている”おもちゃ電車”などを登場させて集客を図った。
和歌山電鉄が実施した集客プロモーションの極め付けが、貴志川線の終点となる貴志駅に住み着いていた野良猫だった。
貴志駅自体は無人駅だが、駅舎に隣接して民間の個人商店が営業している。その個人商店の主人は野良猫の面倒を見ていたが、貴志川線の経営が和歌山電鉄に移管されると、野良猫の面倒を見てほしいと相談。これを機に、和歌山電鉄は野良猫を”たま”と命名。駅舎に住まわせることにした。
そして、”たま”は無人駅だった貴志駅の駅長に就任。昼間は改札台に座って乗客を出迎えるなどの「業務」をこなすようになった。”たま”のイラストをあしらった”たま電車”も運行されるようになる。
“たま”の愛くるしい姿はたちまち評判を呼び、報道陣が殺到。テレビや新聞などで取り上げられるとブームに火が点き、写真集なども出版されるようになる。
こうして貴志駅は一気に観光名所と化した。”たま”を一目見ようとする遠方からの客も増え、そして海外からも取材が来るようになった。
“たま”の経済効果は約11億円とも試算されており、廃線危機に陥っていた貴志川線は活況を呈した。
2015(平成27)年に”たま”は死去するが、同じ貴志川線の伊太祈曽駅で駅長を務めていた猫の”ニタマ”がスライドする形で、新たに貴志駅長に就任。相変わらずの人気を博している。
猫人気は、とどまるところを知らない。特に、SNSやネットニュースでは猫の画像や動画は不動の人気を誇るコンテンツとなりつつある。ネットで拡散された猫動画をテレビの情報番組が後追いするケースもしばしば見られるようになった。