世界選手権会場外にはいたるところに”羽生結弦”が

◆祈るような思いで当選を願うファン

 しかし、生で羽生の演技を見ることは容易ではない。プレミアム席で2万5000円、S席なら2万円と高額チケット代なのに、手に入れることが非常に困難なのだ。まずは5日間の通しチケットか単日で申し込む必要がある。通しチケットはS席10万円、A席8万5000円、B席6万5000円。これが申し込んでも抽選でなかなか当たらない。

 外れると今度は単日券に応募することになるが、これも当たる確率はかなり低い。プレイガイドから当落のメールが届く日になると、心臓がバクバクする。そして「残念ながらチケットをご用意することができませんでした」の一文を目にすると、愕然とする。毎回祈るような思いで当選を願い、落選を知ったときの悲しみをファンは経験している。

 あきらめきれずに、SNSでチケットを譲ってもらえるよう呼びかけたり、お茶の間観戦に徹することを決意する人もいる。たとえ転売サイトで高額なチケットが出品されても手は出さない。ファン歴5年の30代女性は言う。

「そんなものに手を出して、羽生さんの顔に泥を塗りたくない。ダメなら堂々とお茶の間観戦します」

むしろ通報をして転売屋を撲滅の方向に導く。それが羽生ファンの矜持だという。

 公式練習2日目の3月19日。羽生は練習リンクに姿を現した。公式練習もチケットがあれば、ファンも見ることができ、試合で使われるメインリンク、練習用リンクともにチケットは3500円で販売された。ファンの間では黒い練習着に身を包んだ羽生のことを「黒い子」と呼ぶ。黒い子が練習する様子を伝えるのはメディアよりファンのほうが明らかに詳しい。

「ジャス(ジャンパーのこと)脱いだ」「4T3T美(コンビネーションジャンプが美しく決まった)」「手袋外して腕組み」「イーグルからのクールダウンが美しい」「深々とリンクに挨拶」などツイッターにファンからのレポートが流れるたびに会場の雰囲気がつかみ取れる。ファンにとっては彼の息吹が感じ取られるレポートほどありがたいものはないのだ。

 そして技術の高い選手のパフォーマンスを繰り返し見ると、ファンの目は肥える。ましてや五輪王者の羽生結弦だ。何が正しい技術なのか、はっきり見てとれる。だから「今のジャンプは加点がとれるジャンプだった」と会場にいるファンのレポートを見るたびに、そこにいることのできないファンは安堵する。

 だが、演技を何度も見てくると不調もわかってくる。同じジャンプを繰り返していると、「もしかして不安を抱えているのかもしれない」と思ってしまうのもファンの心理だ。心配が現実になってしまったらと前向きに考えようとしても、けがからの復帰。実戦から4か月もあいているのだ。ファンがネガティブになってしまったら、大事な試合前の羽生に伝わってしまう。だからファンは会場の空気をよりよいものにするよう、互いに励ましあうのだ。

「ゆづなら絶対に大丈夫」

 3月21日、男子ショートは著者も運よく会場で見ることができた。会場の雰囲気は緊張感で張りつめていた。羽生の演技時間が早く来てほしいような来てほしくないような。胸がバクバクするからと、薬の『求心』を飲むファンの姿もあった。

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