ぐるなびの滝は政界で昇りつめる菅と歩みを同じくし、事業を拡大してきた。囲碁に力を入れたのは、囲碁好きで知られるJR東日本の2代目社長、松田昌士に取り入るためだったとも言われるが、菅も松田らJR関係者を有力な支援者としてきた。滝はいまや囲碁の総本山である日本棋院に絶大な力を及ぼす斯界の大立者となっている。
そんな滝が、菅の首相就任すぐに文化功労者に選ばれたのだから、評判にならないわけがない。政官界では菅の政治力による選定と囁かれてきた。
「委員を差し替えろ」と言われた
1951年に始まり、70年の歴史を誇る文化功労者は、文化功労者年金法第2条に基づいて文部科学大臣が決定する。いったん文化功労者になれば、350万円の年金が生涯支給される。税金で賄うその年金予算は年間8億円に上る。学術や芸術分野の功績著しい者に与えられる特権だ。
通例では、音楽や美術、文学や芸能に携わってきた第一人者たちが紫綬褒章を受け、そこから文化功労者に選出される。そして功労者は文化勲章受章の有資格者となり、数年後にはそこに到達する。
文字通り文化人の栄誉だけに、本来選考は政治色を排除する形になっている。問題になった学術会議のそれとよく似ており、第三者機関の文化審議会文化功労者選考分科会の審議によって決まる。
分科会は文科省と文化庁が選んだ学術と芸術の12人の有識者で構成され、9月の初旬に分科会が発足。任期は1年限りで、事実上、11月の文化の日まで、2回の審議が任務となる。委員は大学教授や作曲家、作家など広範囲にわたり、分科会の審議は一切非公開とされる。文化功労者決定後も、審議内容は明かされない。
もっとも有識者の推薦だから、政治力が働かないか、といえば、必ずしもそうとは限らない。それが、分科会の委員の選任に政治が介入するパターンだ。
委員の選任は閣議決定事項のため、顔ぶれを官邸に報告しなければならない。そこに政治力が働く余地がある。元文科事務次官の前川喜平は、その場面に遭遇したという。
「私がかかわった実体験は次官だった2016年です。馳浩文科大臣の了解をもらい、杉田和博官房副長官に分科会委員のリストを提出しました。そこで杉田さんは官房長官の菅さんと相談したのでしょう。リスト中の2人を差し替えろという。ダメ出しをされた1人は安全保障関連法案に反対する学者の会のメンバー。もう1人は文化人だったが、雑誌に政権批判を書いていたという理由でした。すでに大臣のOKをとっているのに、好ましからざる人物だから外せと言われたわけです」
これも官邸人事の典型といえる。意中の人物を分科会委員に据えれば、文化功労者の人選を操ることができるわけだ。前川が言葉を加えた。
「この類の政治介入は毎年ありました。誰かを文化功労者から外せというより、特定の人にあげてほしいという政治の世界からの圧力です。そのため担当部局では、候補者のマル政(政治案件)リストを作っていました。さらに分科会の委員にも文科省や文化庁のOBが1人入り、調整役を果たしてきたのです」