そんな物語世界へと観客を導くのが、仲野太賀(28才)演じる津乃田の存在だ。仲野は映画界において、いまやなくてはならない存在だ。しかし、普段あまり映画を観ない方にとっては、ドラマ『この恋あたためますか』(2020年/TBS系)で恋に仕事に奮闘した“まこっちゃん”役や、民放ドラマ初主演を飾った『あのコの夢を見たんです。』(2020年/テレビ東京系)でいくつものキャラクターを演じ分けた芸達者な姿の方が印象深いだろう。
だがその一方で、映画での仲野の活躍は目を見張るものがある。2020年は主演を務めた『静かな雨』にはじまり、出演した映画が7作品も公開。特に10月と11月に立て続けに公開された主演作『生きちゃった』『泣く子はいねぇが』の2作では、大人になりきれない等身大の若者像を体現し、いずれも彼の代表作になったと思う。今年は、公開中の映画『あの頃。』で物語に起伏を与える重要な役どころも担っており、同作において仲野は強烈なインパクトを残している。彼はとてつもないスピードで自身のキャリアを更新し続けている俳優なのである。
そんな仲野が『すばらしき世界』で演じる津乃田もまた、非常に重要な役どころだ。彼は狂言回し(語り手)のポジションを担っている。津乃田は犯罪者などとはほど遠いごく平凡な人物だが、彼の視点を介して観客は主人公・三上の人物像や、彼の生きる世界の現実や“生きづらさ”を知っていくことになる。分かりやすく言えば、本作のナビゲーターだ。
この映画は三上を演じる役所ありきの作品ではあるものの、津乃田を演じる仲野の存在もなくてはならない。本作における彼の凄さは、観客に物語を届ける役割を果たしているのはもちろん、それらを目撃する観客の中に芽生える喜びや怒り、悲しみや苦しみを一手に引き受けている点だと思う。観客たちの中に渦巻くさまざまな感情を、仲野はその身を持って見事に体現しているのだ。
印象的なのは、ラストで津乃田が慟哭するシーン。彼の叫びは、映画を観ている私たち観客の感情を代弁してくれていたように思う。ラストシーンで込み上げるものがありながらも、彼の叫びがあったからこそ安易なカタルシスに浸ることはなかった。生きづらい世の中で必死にもがく三上の人生そのものに向き合ったのは津乃田自身であり、演じる仲野の佇まいこそが、本作を近寄り難い社会派ドラマや、単なる感動作にとどめず、私たちに気付きを与えてくれたのだと思う。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。