この身を焦がすような苦しみを子どもたちに味わわせたくない
借金まみれになり、闇金の取り立てに追いかけ回された母と叔母、そして、その返済で命を失いかけた僕は地獄を見た。僕たちの何がいけなかったのか。僕たちは質素に、真面目に、ただ懸命に生きていただけだった。
こんな社会はおかしいーーそんな思いが僕を突き動かしてきた。
心のなかで当時の母と叔母に聞く。消費税はあがるけど、みんなの学校が、病院が、タダになるよ、と。ふたりは涙を流して喜んだだろう。特別扱いされたいのではない。みんなと同じように当たり前に生きたいだけだ。そのために借金に逃げず、みんなで痛みを分かち合おう、そう僕は言いたい。これが不当な要求だろうか。
僕は弱い立場の人たちとともにありたい。でも、同じ思いの人たちから、「消費税は悪税だ、まずは金持ちに」というお決まりの批判をぶつけられる。でも、待ってほしい。住宅手当さえ作れば、消費税の負担増以上のお金が戻ってくる。それでいいじゃないか。
法人税や所得税をあげる案には賛成だ。だけど、消費税1%は、法人税5%、富裕層向け所得税20%に相当する。消費税を外せば、とんでもない増税になる。金持ち憎しじゃなく、みんなで消費税をはらうかわりに、富裕層や大企業にも応分の負担を声高に求めていこう。痛みの分かち合い、連帯の社会をめざすのだ。
僕たちには時間がない。2019年5月、母と叔母は火事で命をなくした。同居の姉夫婦には子どもがいなかった。老後が不安で、姉は定年後も働きに出ていて、家にいなかったのだ。医療や介護を心配しなくてよい社会なら、母と叔母は命を失わずにすんだかもしれない。ただただ悔しい。
僕は、この身を焦がすような苦しみのどれひとつとして、子どもたちに味わわせたくない。だから、ポスト・コロナの社会を全力で構想し、どんなに罵られても発言を続ける。それが、学者への道をひらいてくれた母と叔母への恩返しであり、4人の子どもたちへの責任だと思っている。
【プロフィール】
井手英策(いで・えいさく)
2017年に、民進党前原誠司氏が打ち出した経済社会政策「オールフォーオール(みんながみんなのために)」を支える政策ブレーンとして登場。一躍メディアから注目を集めたが、同年9月に党は3つに分裂。その体験は「学者生命を賭けた戦いに負けた」ものとして刻み込まれた。以後、自身を“敗北者”と呼ぶことも多い。しかし、「『運』で人生が左右される社会を変えたい」との思いからその後も発言をつづけ、2018年には教育、医療介護などの基本的サービスを提供する「ベーシックサービス」を発表。消費税増税の必要性に切り込み、賛否両論を巻き起こす。2020年に公開、ドキュメンタリー映画としては異例のヒットを遂げた『なぜ君は総理大臣になれないのか』(大島新監督)では、希望の党から出馬した小川淳也さん(現立憲民主党)の応援演説に立つシーンが「泣ける」と評判になり、ふたたび注目を集める存在となる。
1972年、福岡県久留米市生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。著書に『幸福の増税論――財政はだれのために』(岩波書店)、『欲望の経済を終わらせる』(集英社インターナショナル)、『ふつうに生きるって何? 小学生の僕が考えたみんなの幸せ』(毎日新聞出版)ほか多数。2015年大佛次郎論壇賞、2016年度慶應義塾賞を受賞。