患者の本音に耳を傾ければ、こんなにも多くの人が手術を避けたがっていることがわかる。それなのに、これほどまで多くの日本人が手術を受けることを余儀なくされるのはなぜだろうか。医療経済ジャーナリストの室井一辰さんはこんな見立てをする。
「日本ではいまも外科医が強いという土壌がある。それはがん治療においても同様で、近年でこそ腫瘍内科という専門科ができましたが、歴史的に見れば外科医が抗がん剤治療をしていたくらいです。ですが、最近の医療技術の発達は目を見張るものがあり、薬物療法、放射線や重粒子線など、外科医が片手間でできなくなってきています」
日本以外の先進国では、「放射線治療は危険」といった意識はなく、むしろ放射線治療に舵が切られ始めている。その理由を室井さんはこう説明する。
「手術は執刀医だけで行えるものではなく、手術の補助、熟練の麻酔医や看護師も必須。手術後のリハビリも必要で、いろいろ人手がかかりコストもかかる。その点において放射線は体を切らない分、人件費を絞りやすい。
海外では国民皆保険の国は少なく、日本ほど医療費をかけられず、そもそもの手術費用も日本より高い。手術での治療をしたくても日本ほど気軽に受けられないというのも本音なのです」
武田さんも言い添える。
「放射線治療は比較的安く受けられる治療です。こうしたメリットをアピールできれば、厚労省はもっと放射線治療を推し進める方針を取るかもしれません。
そもそも標準治療とは“比較試験により生存率が最も高いことが証明された治療法”なわけですが、その比較試験は体力のある患者さんを対象としたもの。患者さんの体調や併せ持つ持病、年齢、嗜好まではあまり考慮されていません。皆保険制度によってベターな選択にはなっていますが、患者個人にとってベストかはまた別、というのが現状です」
QOLを最優先する選択があってもいい
日本の多くのがん治療では、外科手術が標準治療として推奨され、命が助かるかどうかを基準に考えれば、手術の方が選ばれやすくなるのは否めない。
「ただし、手術を受けた方がQOL(生活の質)が低下することは考えられます。食道を切除した患者さんが食後に横になることもできず、不自由な思いをすることもある。それならば、放射線治療を選んだ方が、自分らしい生き方ができたかもしれない。また、喉頭がんなどでは、切除手術をしたことによって会話ができなくなることもある。がんは、ただ治療すればいいのではなく、本人の生き方に沿う多様性が重要になっています」(室井さん)