上位の者にされると嫌でも逆らえない(イメージ)

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その若手女性声優は肩を抱かれてやってきた

 もう15年も前の話、その若手女性声優は肩を抱かれてやってきた。あるアニメのプロデューサー氏に。

「今日は仕事の打ち合わせでね、次の作品をお願いしようと思って」

 新宿、隠れ家的な雑居ビルのバーの狭い通路を通るために仕方なく肩を寄せたのだろうか、二人は交際しているのだろうか、その日は饒舌なプロデューサー氏の新作アニメの企画とそれまでの作品の自慢を聞き流して店をあとにした。後日、現場(スタジオ)で出会った時、彼女のほうから話しかけて来た。

「違いますからね、あれ、たまたま出会っただけなんです」

 そういうことをしない声優であることは筆者も知っていた。彼女のことは仕事を通してデビュー当時から知っている。逆に「そういうこと」ができないくらいに不器用で、ある意味ギョーカイ的には損しているような女性だった。正直、人気があったとは言い難い。あの時代、並みの人気や実力なら男性スタッフにかわいがられるような、露骨に媚を売れるような女性声優のほうが仕事のチャンスは増えたのに、それができない人だった。筆者はただ、

「そうですよね、びっくりしました」

 と答えるしかなかった。はっきり言って、こうした場面に出くわしたのは他に何度かある。ただ、きっちり女性声優の口からこの言葉を聞けたのは、彼女だけだった。

「ほんと嫌でした。だから誤解しないでくださいね」

 彼女は本当に嫌がっていた。しかし平気でそれをする男がいる。仕事の権限を握る上位男性がいる。いまのアニメ・ゲーム業界は知らないので「いた」としておこうか。

 もうひとつ、別の話。こちらはさらに遡ること1990年代。

「お疲れ様でーす」

 当時、取材に来ていた筆者の前を若手女性声優が通る。彼女(先の女性声優とは別)はこっそり裏口からひとり帰ろうとする。ゲームのアフレコは自分の出番が終われば先に帰ることも多いのでとくに気にはしなかった。彼女もまた大きな仕事はなく、ギャルゲーと呼ばれたジャンルで何本か出演している駆け出しの声優だった。眉をひそめた弱々しい笑みで振り返り、裏口から出ていく。

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