高まる「楠見=リストラ」のイメージ
不振の理由はいくつも挙げることができるが、6月に津賀氏の後を継いだ楠見雄規社長は、「自主責任経営ができていなかったため」と指摘する。各カンパニーや各事業部、そして各社員が自主責任で経営すれば、迅速な意思決定と結果責任が生まれるというのである。
持ち株会社制の狙いもそこにある。各事業会社の経営役員会議(来年4月以降は取締役会)で事業に関する権限を集中させ、事業の身売りや撤退の判断も事業会社に任せる方針だ。
この構造改革および持ち株会社化を指揮する楠見社長は、京都大学大学院工学研究科を修了し、1989年松下電器(現パナソニック)に入社した。研究開発部門に配属され、津賀前社長とは当時から上司・部下の関係だった。
津賀氏が社長に就任した当時、パナソニックは過剰投資したプラズマディスプレー事業の後処理に苦労していたが、同事業を終わらせたのも2人のコンビだった。
社長就任への切り札になったと言われているのが、オートモーティブ社社長として車載向け角型電池をトヨタ自動車との合弁会社に移管したことだ。この合弁会社はトヨタが過半を出資しているため、パナソニックからトヨタへの事実上の事業譲渡ともいえる。
以上のように、楠見氏は撤退や事業譲渡で実績を残してきた。そのため5月の社長就任会見で「2年間は競争力強化に集中する」と語った時も、リストラによる不採算部門切り捨てが加速すると受け止めた人が多かった。また就任直後に早期退職制度を導入したことも「楠見=リストラ」のイメージを一層強めることになった。