なぜ今「水道哲学」を持ち出すのか

 しかしその一方で、楠見社長は幸之助イズムへの回帰を打ち出している。

 5月の就任会見では「松下幸之助の水道哲学は、90年を経た今でも前時代的ではない」と水道哲学(※注)を再評価した。

※注/水道の水のように安価ですぐに手に入るものは、生産量や供給量が豊富であるという考えから、商品を大量に生産・供給することで価格を下げ、人々が水道の水のように容易に商品を手に入れられる社会を目指すという考え。

 水道哲学は、大量生産・大量販売時代のもので、成熟化時代には通用しないと思われていた。現に津賀前社長は筆者のインタビューに答え、こう語っている。

「水道哲学が経営理念の普遍のものとしてあるとは私は認識していない。経営理念とは、お客さんに対するお役立ちを考えていくということであって、求められることは時代時代によって変わっていく」

 楠見社長の発言の真意は、「水道哲学で目指したものは人々の精神的な安定であり、そのためにパナソニックが果たすべき役割はある」ということのようだが、わざわざ水道哲学を持ち出したのは、そのほうが社員の心をひとつにできると考えたからだろう。

 楠見社長はパナソニックのオウンドメディアでも、

〈私たちには創業者の残した経営理念がありますが、それを実践できているかは別の話です。社員一人ひとりが、今までできていなかった部分も含めて、改めて経営理念を実践し、経営理念を生きたものにしていく必要があると考えています〉

 と語っている。前述の「自主責任経営」も幸之助が唱えていたものだ。

 恐らく楠見社長は、今後のパナソニックが成長カーブを描くには、場合によっては社員の痛みを伴う可能性があると見ている。そこであえて創業者の経営理念を持ち出し後ろ盾としたのだろう。そのことが、現在のパナソニックの置かれた立場が厳しいことを何より雄弁に語っている。

「破壊と創造」を繰り返すパナソニック(時事通信フォト)

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