抗議は、しないと思います…
過去にはセンバツに選抜されなかったことを不服として、裁判を起こした学校もある。1970年の帝京商工(現・帝京大高)だ。前年の東京大会で同校は準優勝したものの、選考委員会は帝京商工が火事によって資料を消失したことを受け、「戦力分析が不可能」という理由で同校を選出しなかった。当時は地区大会の戦績などを各学校から提出され、それによって出場校を決めていた。落選を受けて同年2月、日本高野連を相手取って裁判を申し立てた同校に対し、高野連は対外試合禁止の制裁処分を下す。結局、帝京商工の出場は適わなかった。
現代ならばスポーツ仲裁裁判所(CAS)もしくは国内の日本スポーツ仲裁機構(JSAA)に訴える道を模索することも考えられるかもしれない。だが、そうした泥仕合は、上村監督も望むところではない。
「高野連に対する抗議は、しないと思います……。まして、裁判を起こして争うまでの話ではないでしょう」
取材の最後に、上村監督は「今のうちの選手にとって心の拠り所が何かお分かりになりますか」と私に問うてきた。
「スマホを見て、『聖隷頑張れ!』『君たちが選ばれなかったのはおかしい』という意見を目にすることで、落ち着いて生活ができているんです。これだけ多くの人たちが応援してくれているんだということが、彼らの支えになっている。監督である私が、今のあの子たちにしてあげられる唯一のこと、それは……」
憤りの感情は押し殺し、慎重に言葉を選びながらも心の奥底で期待するであろう高野連の英断を口にしそうになったところで、上村監督は口を真一文字に結んだ。それはつまり、32校という出場校に、新たに1枠加えるという高野連の超法規的措置への期待ではないだろうか。
かつてほど高野連は閉塞的な組織ではなく、世論によって大きく方針を転換することは近年、度々みられる。たとえば、2016年夏に女子マネジャーが甲子園練習に参加し、大会本部から注意され、“排除”された時も、批判が相次ぎ、すぐに「女人禁制」を解いた。また昨夏には、学校関係者のコロナ感染によって、鳥取大会の出場を辞退していた米子松蔭が、SNSを中心とする世論の後押しもあって出場が可能になるということもあった。
センバツ切符を手にした大垣日大のナインのことを考えれば、代表選考のやり直しをする必要はあるまい。だが、このまま現状の32校でセンバツが開幕すれば、「聖隷クリストファーを選出すべきだった」という世論に大垣日大の球児も気圧され、肩身の狭い思いをすることにつながりかねない。
33校目の扉が聖隷クリストファーに開かれる――そうした大英断は考えられないものだろうか。
(了。前編から読む)