理解できずとも共存はできる
「そもそも映画ってカメラの仕組み自体が科学ですし、白黒で音声も出ない黎明期から、何らかの視覚効果は存在していたわけです。つまり魔法にみせて、その内側は紛れもない科学技術であり、それが映画という表現を根底から支えているところも、本当に奥が深い。
私も昔から絵が大好きで、よく映画のコンテや漫画を描いたり、表現衝動も強かったけれど、希望と才能が合致しなかった。唯一合ったのが文章なんですが、マチルダみたいに思いを具体的な形にできる人には、今でも憧れがあります」
そんなマチルダの年齢設定を、「特殊造形が最盛期に入る80年代に働き盛りを迎えた女性」として逆算、その後、CGが登場し、「多くの技術が取って代わられる」までが第一部。第二部では、そのCGの分野で国際的に評価されるヴィヴが、失いかけた自信を取り戻すまでが描かれる。
ヴィヴは自身も大好きな伝説の映画〈『レジェンド・オブ・ストレンジャー』〉の主要キャラクター〈X〉の考案者の名がクレジットにないこと、その人が今も消息不明で、その原因が実はCGにあるらしいことを知り、大きなショックを受ける。それでなくとも現場の事情も知らない自称映画通から〈CGには温かみがない〉〈ボタンをぽんと押せばおしまい〉などと叩かれ、彼女は心を痛めていたのだ。
「私自身はCGに抵抗も何もなく、『面白い玩具、見つけた!』って感じでしたし、『スター・ウォーズ』新三部作がCGを多用して評価を下げたのも世代的に見ているんです。なので、新しい玩具へのワクワク感も、古きよきパペット時代への郷愁も両方わかるというか。
もちろん好きだからこそ保守的になるんでしょうけど、私はアナログかデジタルかではなく、優れた技術ほど魔法と見分けがつかなかったり、その魔法を科学こそが成立させていたり、映画のそういうところが好きだなあって思うんです」
人と人もそう。どうしても誰かと折り合えない時や尊敬する人に失望した時も、その事実を受け入れることで、人は大人になるのだと。
「私の場合は親でしたけど、理解はできなくても共存はできることに希望を見ているところがあって。仲良くなれなくても受容はしてるよ、で十分だと思うんです」
映画という魔法の詳しい工程はもちろん、広く人間存在に対する失望が信頼に変わる瞬間をぜひ堪能してほしい、時を越えた人間讃歌の物語だ。
【プロフィール】
深緑野分(ふかみどり・のわき)/1983年神奈川県厚木市生まれ。高校卒業後、パート書店員等を経て、2010年「オーブランの少女」で第7回ミステリーズ!新人賞に佳作入選、13年に同名短編集でデビュー。2015年発表の『戦場のコックたち』や2018年の『ベルリンは晴れているか』はそれぞれ直木賞や大藪賞候補、各種ミステリーランキング上位となるなど大きな話題に。著書は他に『カミサマはそういない』『この本を盗む者は』等。2017年に第66回神奈川文化賞未来賞。155cm、O型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2022年5月6・13日号