しかし、同僚の医師の多くは、この事実を受け入れられませんでした。なぜなら、自分たち「医師の手」が産褥熱の原因であったことを認めたくなかったからです。
ゼンメルワイスは病院を追い出され、失意のままに精神を壊し、47歳で亡くなっています。その死因が細菌等の感染で全身症状を伴う敗血症であったことに、私は胸をつかれる思いがします。正義感の強い彼の晩年は、非常に過酷なものでした。
ブダペストの王宮の丘を降りたドナウの畔に彼の生家があり、今は「ゼンメルワイス医学歴史博物館」となっています。その前には彼の大理石像があります。起立するゼンメルワイスの足元で、子どもを抱いた若い母親が感謝の眼差しでその姿を見上げている──そんな3人の石像です。
【プロフィール】
岡田晴恵(おかだ・はるえ)/共立薬科大学大学院を修了後、順天堂大学にて医学博士を取得。国立感染症研究所などを経て、現在は白鴎大学教授。専門は感染免疫学、公衆衛生学。
イラスト/斉藤ヨーコ
※週刊ポスト2022年5月27日号