異様な熱気に包まれた(写真は1993年6月、通常国会で不信任案に投票する小沢/時事通信フォト)

異様な熱気に包まれた(写真は1993年6月、通常国会で不信任案に投票する小沢/時事通信フォト)

白い札

 六月一八日金曜日。通常国会の会期末を迎えた国会は宮澤内閣に対する不信任決議案が最後の議案となった。直前まで宮澤が議長斡旋を依頼するなど激突を回避する最後の努力が続いていたが、全てが時間切れとなり、私は衆議院本会議場の傍聴席の前に突き出した回廊に向かった。記者・カメラマンが詰めかけ身動きも取れないほどになっていた。

 異様な熱気の中で、午後六時三二分、本会議が始まった。内閣不信任案は、記名投票で議員は自分の名前が書かれた二種類の木札を使って投票する。不信任案に賛成なら白い木札の「白票」、反対なら青い木札の「青票」だ。

 名前を呼ばれた順番に一人ずつ投票箱が置かれた演壇に進んで職員に木札を渡すために「堂々巡り」と呼ばれている。最初は議長席から見て左側に席がある野党議員が、次々に賛成の白票を投じていく。その度に野党席から拍手が起きる。

 続いて自民党議員の投票が始まった。次々と青票が投じられる中、白い木札を手にした議員がいた。推進派の一人、河本派の簗瀬進だ。議場からウオーッという怒声とも歓声ともつかない声が上がった。その後も次々と自民党議員が白票を投じていく。羽田や小沢も白い木札をしっかりと職員に手渡していった。

 メモ帳に正の字で造反者を書いていた私も、二十人を超えたあたりでやめていた。もはや不信任案が可決されるのは明白だ。宮澤は直ちに衆議院を解散することを表明している。一九五五年の保守合同以来、幾多の風雪に耐えてきた自由民主党が、目の前で大きく崩れようとしている。ベルリンの壁にたとえるまでもなく歴史の大きな転換点に立ち会っているのだ。そう思った私は議場にいる一人一人の議員たちの表情を見つめ続けた。

 衆議院が解散された翌日六月一九日は土曜日だった。明け方までニュースの処理に追われて帰宅し損ねていた私は、記者クラブのソファで仮眠した後、午後遅い時間になって戸田ビルの小沢事務所に向かった。解散直後に武村正義らが自民党を離党して新党さきがけを結成することを発表するなど、激震は続いていた。羽田派も新党結成に向けてグループの協議が始まっている。小沢も忙しいだろうから、一階の派閥事務所のほうだと思っていたが、土曜日に五階の個人事務所を覗くのは、半ば習慣のようになっていた。

「お疲れさまでした」と声をかけながら事務所に入ると、顔なじみの秘書が「小沢先生が奥に居ますよ」と教えてくれた。

 小沢の部屋に入ると、いつものソファに小沢が座っていた。気のせいか少しくたびれたようにも見えたが、いつも通りの張りのある声で「おう君か。どうした」と言った。

「どうしたもこうしたも、よくここまで来ましたね。僕らは何が起きているかも分からずに追いかけてきましたが、結果を見ると見事だと思います」

 私がお世辞半分でそう言うと、小沢は急に身を乗り出してきた。

「それがな、実は危ないところだったんだ。ツトムちゃん(羽田孜)が、最後に迷った。総理に『会期延長で必ずやる、応じないと法案も廃案になってしまう』と言われてグラッと来た。ツトムちゃんの一番弱い所を突かれたんだ。だがルビコンを渡って橋も焼き切ったんだ。もう後戻りはできない。それはお互いに分かっていたから腹を決められたのさ」と小沢は打ち明けた。

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