映画の神さまが降りてくる
池井戸:希望の光……じゃないですが、この映画、すごくきれいに撮れてますよね。いいカメラを使っているんでしょうか?(編集部注・池井戸氏は無類のカメラ好き)それとも光とか照明に工夫が?
三木:光はすごく意識しました。俳優のお芝居に委ねるところもありますが、映画ではものを言わない場面で「この人は何を考えているんだろう?」と思わせるのも大事。そのとき、光の演出がヒントになるんです。たとえば、仕事の失敗で打ちひしがれた山崎が一人でアパートに帰ってくるときも、あえて暗いシルエットのみで表情は見せない。そうすると、「きっと悔しがってるんだろうな」と観客の方が想像力を発揮してくれます。より能動的に観てもらうために、何を見せるかより何を見せないか、そんな〝引き算〟が大事だったりします。
池井戸:そうか……。「恋愛を撮れる人は人間を撮れる人」とはこの作品のプロデューサーの言ですが、今のお話を聞いて本当だと思いました。小説だと、恋愛小説というジャンルは小国がひしめくヨーロッパのような激戦区ですが、僕が書くビジネスの世界の物語は、地図でいえばアフリカ大陸であんまり競合がいない感じ(笑)。だから、好き勝手できる面もあるんですよ。
三木:ハハハ。それでも、ゼロから1を生み出す作家の仕事へのリスペクトはすごくあります。常に自分との戦いじゃないですか。僕はそれが無理で、皆と協力しながら1を10にしたり100にしたりするほうが楽しい。
池井戸:僕は一人で机に向かって考えるほうが気楽。現場をまとめる監督は、本当にすごい力量が必要だと思います。
三木:それはまあ、適材適所ということで(笑)。そうそう、「発明」といえば、撮影中、思ってもみなかった場面が撮れることがあるんです。とくに天気など自然現象に起因することが多くて、この瞬間じゃなきゃ撮れないという映像が俳優のいい演技と相まって……。撮影中、1回か2回、映画の神さまが降りてきてミラクルを与えてくれる。今回もそうでした。
池井戸:おぉ、この映画、ヒットしそうな気がしてきたぞ(笑)。僕としては、奇跡を起こすためにはとにかく四六時中、小説のことを考え続けるしかありません。夜中の2時、3時にふと目覚めて、それこそ“降りてきた”アイデアを枕元に置いておいたスマホにメモしたりして。
三木:大変だなぁ。撮影はいいですよ。どんな現場も必ずいつかは終わりますから(笑)。不思議ですが、なぜかいつもちゃんと着地できるんです。
【プロフィール】
池井戸潤(いけいど・じゅん)/1963年、岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。2011年『下町ロケット』で直木賞を受賞。「半沢直樹」「下町ロケット」「花咲舞」シリーズなど著書多数。9月5日に最新刊『ハヤブサ消防団』が発売予定。
三木孝浩(みき・たかひろ)/1974年、徳島県生まれ。早稲田大学卒。2010年『ソラニン』で長編映画監督デビュー。『アキラとあきら』の他にも今夏は既に『今夜、世界からこの恋が消えても』『TANG タング』が公開中。
構成/大谷道子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2022年9月2日号