これまでの本は、執筆前に構成をきっちり考えてから書いていったが、今回はどう展開させるかわからないまま執筆を始め、結果として「青春記」の形になったそうだ。
「今まで習った言語をぜんぶ書いてみよう、と意気込んで書き始めたんですけど、途中で、これは到底、現在には行きつかないな、と気づきました。この言語も学びました、この言語も……って羅列していくと、読者も飽きてしまいますよね。書けるのは『ワ州』ぐらいまでだな、とわかって、結果的にうまくまとまった気がします」
ワ州というのは、ミャンマーのシャン州にある地域で、アへンの原料となるケシの栽培が非合法で行われていた。高野さんは、この地域に入ることに成功、実際にケシ栽培に従事し、のちに『アヘン王国潜入記』を書くことになる、思い出深い土地だ。
笑いを入れると文章が回り出す
デビュー作の『幻獣ムベンベを追え』から現在にいたるまで、高野さんは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」ことを目指してきた。
『語学の天才まで1億光年』では、自分のやりたいこと(探検=未知の探索)はわかっているのに、どうすれば形にできるのかがわからない、プロの書き手になる前の試行錯誤やもどかしさも描かれる。
「わからないものを知りたいというのは若いときから全然ブレてないんですけど、みごとに何のビジョンもなかったですね。まっすぐ進んで壁にぶつかったら方向変えて、ってお掃除ロボットみたいなことをずっとくり返していました。手探りしながらいろんな場所に行き、いろんな言語を学ぶことになったということなんですよね」
系統の違う言語を学ぶなかで獲得した外国語の学習法や、体験を通して獲得した比較言語学の知見なども記され、びっくりするぐらい本格的な内容の本だが、これまで同様、読んで面白いエンターテインメント性も確保されている。
「20代後半の迷走している時期には、本格ノンフィクションとか、スタイリッシュな書き方を目指したこともあるんです。だけど、煮詰まってうまく書けないんですよ。最初の『ムベンベ』を友だちに話すように書いたらうまく書けたので、結局いつもそれに戻ってきてしまいます。笑いが入ると文章が回り出す。どういう仕組みなのか、自分でもよくわからないんですけど」
本の中には、抜群の記憶力で、「語学の天才」と呼ばれる人が出てくる。自分はそうではないと高野さんはくり返すけど、25もの言語を学ぶことができたという時点で、一種の天才ではないかと思ってしまう。
いまも外国語学習は続けているそうだ。
「40歳以降は、何も習っていない時期はないですね。去年はビルマ語をもう一度、習いました。軍事クーデターが起きて、取材や反対派の支援活動をしていたんですけど、前に学んだことは全部忘れていたので、デモに行ってもシュプレヒコールで何を言ってるかわからなくて、落ち着かないんです。1年ぐらい先生について学んでいたら少し気持ちが安定しました」