もちろんこの行為はれっきとした「不法入国」なのだが、供述からは重罪の意識はまったく感じられない。地元住民が撮影していた当時の写真を見ても、容疑者の表情は“ちょっと垣根を越えてお隣さんの敷地に入っちゃっただけなんだから、大騒ぎしないでくれよ”と訴えているようにも見える。
バシュケビッチ容疑者がなぜ日本円の1万円札を持っていたのかは定かではない。また、送迎ボートが消えてしまったウニ漁の潜水員は、浮上した時に呆然としたことだろう。
それはさておき、上陸しても通報されることなく帰って行くロシア人は少なからずいたようだ。「海岸で見かけたロシア人が軽い怪我をしていたので手当してやったら、お礼を言ってボートで去っていった」(ある地元住民)という話もあった。
もっとも、それを「微笑ましい日露交流」と片付けられるものではない。逆に日本人が貝殻島にボートで上陸しようものなら、理由の如何にかかわらず命の保証はないだろう。実際、過去には日露中間線(北海道と北方領土の中間に設定されたライン)を越えて操業した漁船が、ロシア国境警備隊に銃撃され、乗組員が死亡したケースもある。どれほど距離的に近いといっても、平和条約が締結されていない国家間の国境を不法な手段で越える行為は、重大な外交問題に発展しかねないのである。
その意味では、簡単に白昼の上陸を許して気づかない日本の国境警備はやはり甘いと言わざるを得ない。そして「日本に最も近い外国」が、実は韓国でも中国でも台湾でもなく、ロシアであるということを実感させられた事件でもあった。
(文・写真/山本皓一 取材協力/欠端大林)