インドネシアやシンガポールで巨大案件を多々まとめ、経験も人望も十分な望月に、82歳のレジェンドは〈ニッポンが好きか〉と切り出し、〈日星両国共同のシリコンバレーをつくる〉〈私が君に期待しているのは、沈みゆく経済大国ニッポンが起死回生を遂げるための牽引役だ〉という。
要はシンガポールの資金と〈規制緩和という魔法〉、これに東都大〈早乙女貴一〉教授が進める光量子コンピューター研究を組み合わせ、両国で共に最先端に立とうという理屈なわけだが、かつてジュロン島開発も手がけた望月には、日本のために計画を進める天童の本性が見え見えだった。
それでもシンガポールはかつて大義を信じて働いた土地であり、何より光量子コンピューターが〈極めて省電力〉なことに将来性をみた望月は、天童に借りを返すためにも現地に向かう。
そしてシンガポール側の若きプロジェクトリーダー〈フェリシア・タン〉や、老若男女に人気の若手政治家〈ボビー・チャン〉。ある失敗が元で早乙女研を辞め、旧友の投資会社に籍を置きつつ、研究を手伝うことになった元助教〈小森大〉ら、世代も立場も様々な人々を巻きこんで、〈オペレーション・夜明け〉は始動する。
デビューしてからずっと怒ってます
「私が最も心惹かれたのも、節電に繋がるという点です。目下最先端のスーパーコンピューターは原発1基分の電力を消費するとも言われ、その開発は地球温暖化の時代とまさに逆行する。AIだ自動運転だと叫ぶ前に無駄な電力を食う怪物を駆逐するべきで、既に速度の競争でしかないスパコンにまだ投資する?
なぜ量子じゃないの? って、要するに私は怒ってるんです。真山仁としてデビューした18年前から、日本はどうしてこうなんだ、なんで変われないんだって、ずーっと怒りっぱなし(笑)。
本音では量子物理学は難しいから、物理が苦手な文系人間としては扱いたくない。なのに調べれば調べるほど、これは伝えなくちゃいけないという思いが募っていくんです。あんまり怒り過ぎるとテーマが重くなり、エンタメ力が落ちてしまう。
だから、複雑な仕組みや先進性を解説するよりも、最も大事な核心や構図を抽出し、物語の形で分かりやすく提示することを目指して〈シュレーディンガーの猫〉の喩えを入れたりしました。読者がその技術の何が凄く、何が面白いのかをわかってくれれば、それで十分ですから」
一方、シンガポール側では国父リー・クアンユーの元側近〈ドニー・リュー〉がボビーらの行く手を阻む。本書は重鎮の老害に対する、排除と駆逐の物語でもある。