5歳からの英才教育と体罰 なぜ母は「医学部」にこだわったか
──小学6年生のときに父親が家を出て以来、母親とあかりさんの2人暮らしが始まります。教育熱心な母親のもと、あかりさんは5歳から英会話教室へ。進学塾にも通い中高一貫の私立中学へ進学。家から通える国立大学の医学部に行くために、休日は一日中勉強。携帯は取り上げられ、テストの結果が悪いと、熱湯をかけられたり、鉄パイプで殴られるなどの体罰を受ける……。なぜここまで母親は「学歴」にこだわったと感じましたか?
齊藤:ひとつには時代背景があると思います。あかりさんが生まれたのは男女雇用機会均等法が施行された年です。これからは女性も仕事をもち、活躍する時代になっていく。愛する娘も活躍していい暮らしを送り、幸せになってほしい。そのためにはいい学歴が必要だと考え、使えるお金を教育に投資することになったのだと思います。その過剰な期待が娘を苦しめることになってしまうのですが。
──さらに母親は、尋常ではない「医学部」へのこだわりを持っています。文章を書くのが好きなあかりさんは、文系学部への進学を希望しますが、母親は許しません。しかもあかりさんの大学受験は、バブル崩壊後、日本で医学部人気が高まっていった時期で、医学部の偏差値が急速に上がった。あかりさん自身は「ムリなものはムリ」とわかっているのに、目指し続けなければいけないという事態に陥っています。
齊藤:医学部へのこだわりは、母親の妙子さん(仮名)の生育環境に由来しているところがあると思います。妙子さんの母親は、アメリカ人の軍医と再婚してアメリカに暮らしています。彼らの豊かな生活ぶりや、社会的地位の高さを幼少期から目の当たりにして、医者が憧れの存在になったのだろうと。しかし、翻って自分は、工業高校の出身でお見合い結婚、という人生を歩んでいるわけで、憧れの医者とは遠く離れたところにいる。この乖離が、医者への憧れをいっそう強くしたのではないかと想像します。
そうした憧れと、子供にはいい生活を送ってほしい、幸せになってほしいという愛情が結びついて、「医学部」に執着するようになったのではないかと感じました。