新聞記者を経て、フリーライターとして雑誌で数々の記事を手がけてきたので、インタビューはお手のものだ。今回、江戸の芝居小屋を書くにあたっては、市川染五郎(現・松本幸四郎)さんの連載記事のため、四国のこんぴら歌舞伎を取材した経験が大きかったという。
「『女殺油地獄』だったんですけど、結構な至近距離で拝見して。当時のままに照明もないので、実際の殺人現場を見るような感じでした。
歌舞伎座で見るのとは熱気の伝わり方も全然違っていて、下北沢(東京)の小劇場ぐらいの感じなんです。芝居が終わった後は奈落(舞台の床下)も見せていただいて、大道具さんがバタバタ片付けている最中でしたから、とにかく熱気がすごくて。原始的な仕組みで動かす芝居小屋の構造を目の当たりにして、いつか小説でこういう舞台裏を表現できたら、と思っていました」
「仇討ち」の発端となる菊之助の父の死の真相をめぐるミステリーでもある。謎解きの面白さに、最後まで引っ張られる。
「デビュー作を書くため江戸時代についていろいろ調べていて、いまの日本に感じる窮屈さと似ている気がしたんです。いくさがあるわけでもなく表面的には豊かで、文化も成熟している。だけど格差があって、現状を変えたい、でも変えたくない、そんなもどかしさは、現在に通じるものがあります。支配階層の人間に仁の心がないのに、下にだけ忠義を尽くせと命じるのも、現代のブラック企業と同じ。
小説に出てくる『菅原伝授手習鑑』の中の『寺子屋』の忠義のためにわが子を死なせる場面は、いまの観客が見ると『受け入れられない』という話をよく耳にします。江戸時代にも、人気演目ではあったけれど『おかしいんじゃない?』と思う人はいたかもしれません」
じつはタイトルにヒントが隠されているので、読んだ後で、じっくり表紙を眺めてほしい。
【プロフィール】
永井紗耶子(ながい・さやこ)さん/1977年神奈川県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。新聞記者を経てフリーライターに。2010年「絡繰り心中」で小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。2020年に刊行した『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で細谷正充賞、本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞を受賞した。2022年『女人入眼』が直木賞の候補になった。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2023年3月23日号