師の井泉水も、自身の随筆集の中で、この句を詠んだ放哉の心持ちをこう想像している。
〈私はこの句をそぞろに思い出さずにはいられない。こう詠(うた)った彼の気持ちの安らかさ! 彼は苦しみぬき、悶(もだ)えぬいた末に、この何事もない大きな安らかさに入って瞑目したのだとも思われるのである。〉(『旅のまた旅』)
放哉が息を引き取った日も、春の穏やかな日和だったという。今から100年近くも前のことだが、その空気は、自由律俳句というものを通じて確実に伝わってくるように思われる。
※参考文献/金子兜太・又吉直樹『孤独の俳句 「山頭火と放哉」名句110選』(小学館新書)、村上護編『尾崎放哉全句集』(ちくま文庫)、吉村昭『海も暮れきる』(講談社文庫)、(以下の資料からの引用については、読みやすさを考慮して、旧漢字・旧かな遣いは現行のものに、一部の漢字はひらがなに、また一部の読点を句点に改めた)尾崎放哉句集『大空』(荻原井泉水解説)春秋社、荻原井泉水『旅のまた旅』春陽堂