これまでプリゴジン氏は、軍には反発するものの、プーチン氏への批判は避けてきた。だが、筑波大学名誉教授の中村逸郎氏はその関係にも変化が起きていると指摘する。
「“ショイグと契約しない”という発言は、これから自分たちは独自に動くという宣言に他ならず、プーチン政権との決別にも取れます。このところプリゴジン氏はプーチン政権の戦況の見通しの甘さを指摘し、『ロシア革命が起きかねない』とも発言していた。両者の溝が深まっていることは間違いないでしょう。
ワグネルがバフムトから撤退する際に、ロシア正規軍と撃ち合いになったとの報道もありました。プリゴジン氏が反政権派と手を組み、“打倒プーチン”に動く可能性は十分にありえる。実際、プリゴジン氏が5月25日に撤退を表明したタイミングで、ゼレンスキー大統領が反転攻勢を仕掛けています。タイミングの良さから、両者が裏でつながっていると見る向きさえある」
ウクライナ国防省情報総局のヴァディム・スキビツキー副局長は「プーチンは自国民に殺害されることを最も恐れている」と語ったが、その実行役をワグネルが担う可能性が出てきたのだ。
「ロシアは今年9月に統一地方選挙が行なわれ、来年3月には大統領選挙を控えています。統一地方選挙は大統領選挙に大きな影響を与えるため、9月を前にプーチン氏が弾圧・統制を強めることは想像に難くない。プーチン氏暗殺を実行するならその前。8月の可能性が高い」(中村氏)
ロシアの明智光秀
プリゴジン氏がプーチン氏のタマを取り得る背景に、“援軍”の存在がある。現在、政権中枢にワグネルと接近する勢力が複数あると言われている。
プリゴジン陣営に近しい人物として挙げられるのが、ウクライナ戦線の副司令官であるセルゲイ・スロヴィキン氏だ。2015年のシリア空爆でプリゴジン氏と共闘、同氏に「最も有能な司令官」だと評価された。
スロヴィキン氏は昨年10月、総司令官に任命されたが、「ウクライナ戦線における司令官としては権力を持ちすぎた」と睨まれ、たった3か月で副司令官に降格となった。代わりに就任したゲラシモフ総司令官とショイグ国防相に対しては“複雑な感情”を抱いているとされる。
プリゴジン氏の野心は過熱しており、野党の公正ロシアの党首、セルゲイ・ミロノフ氏に接近しているとも報じられた。
ロシア国内でのプリゴジン氏に対する評価はすこぶる高く、元ロシア大統領顧問のセルゲイ・マルコフ氏はプリゴジン氏を「新しい英雄」とし、「ロシアの国家的な宝」と讃えた。