「落ち込んでも、無理やりポジティブになろうとする必要はないと思うんです」(林部)

「落ち込んでも、無理やりポジティブになろうとする必要はないと思うんです」(林部)

 とはいえ林部だって、無理にポジティブであろうとしていたわけではない。多くのアーティストがポジティブな情報ばかり発信する中、彼は同じように振る舞うことができなかった。

 たしかに表現者である以上、暗い世の中に光を与えるような存在であってほしいと多くの者が望むのだろう。そのことに自覚的であった林部は、自身もポジティブでいなければならない思いに囚われていたようだが、彼にはそうすることができなかった。自分の心に正直でしかいられないタイプなのだと気づいたという。

 考えてみれば世の中の誰もがつねにポジティブなものを必要としているわけではない。筆者もそうだ。

「落ち込んでいる人は無理に自分を鼓舞しなくてもいいと思うんです」

 という林部の言葉が、すっと心に入ってきた。この言葉は、彼の自己表現の手法である歌の特徴を端的に表している。林部は、無理に明るく生きることのできない人々に寄り添える歌い手なのだ。

人の死に直面するたびに精神的に追い込まれ、引きこもりに

 そんな彼のスタンスには過去の経験が大きく影響している。

 バスケットボールの強豪校に一浪を経て進学し、全国大会へ出場。プロを目指すものの、決して超えることのできない壁があるのを感じた。そこで進路を変更し、人と関わっていきたい思いから看護師の道へと進むことを選んだ。しかし、ここでつまづいてしまう。

 日常的に触れ合っていた人々の死に、繊細な性格の彼は耐えられなかったのだ。心を開放したままでは務まらない仕事なのだろう。あまり表に出さないだけで、とても辛い思いをしながら働く現役の看護師もいるのだと思う。

「人の死に直面するたびに心に重いものがのしかかり、それを無視できないようになったんです」

 と語る林部はその後、目の前の人の死をやり過ごせないことに葛藤し、精神的に追い込まれ、自宅に引きこもるようになった。

 この頃に芽生えた彼の死生観が、自身の生み出す歌や歌唱スタイル、ひいてはいまの生き方にも影響しているようだ。たしかに林部の歌声はどこか物悲しく、底に触れられない深みがある。現在の彼の無理にポジティブであろうとしない姿勢の原点は、ここにあるのかもしれない。

 筆者は日常的に人の死に触れた経験がないため、彼の気持ちを理解できるだなんて安易には言えない。ただ、“無理に立ち直らなくてもいい”とはいつも思っている。私たちの社会は、悲しみや困難に見舞われた者が一刻も早く立ち直ることを求めすぎている。けれども、悲しみたいときには悲しむべきだ。心に素直になるべきだ。これも林部の歌に通じるものである。

 さて、林部が音楽の道を志すようになったのはいつのことなのだろうか。

 苦しい時期を過ごした彼は地元にいたくない一心から、住み込みで働きながら全国各地を転々とする放浪の旅に出た。その旅先で音楽好きの同僚からかけられた「なぜ歌手にならないのか?」という一言が、林部の転機になったのだという。

 それまでにもずっと「歌が上手い」と言われ続けてきた。でも、現実的に堅実的に人生を歩もうとしていた彼は、自分が歌手を目指すことなんて選択肢になかった。でもこの時点で彼はそのレールから外れている自覚があった。さらに外れてみようと決意したらしい。

線が細いように見えて実は強い芯をもっていることが、インタビューでも伝わってきた。

線が細いように見えて実は強い芯をもっていることが、インタビューでも伝わってきた。

学校でナンバーワンだからってうまくいくわけではなかった

 そうして音楽学校へ入学。首席だったものの、デビューのチャンスはめぐってこなかった。

「こういう世界って、学校でナンバーワンだからといってうまくいくわけではないのだと痛感しました」

 と語る彼に、再び転機が訪れる。人と関わるために東京ディズニーシーでキャストとして働いていたところ、テレビ番組『THEカラオケ★バトル』(テレビ東京系)から出演オファーの声がかかったのだ。

 とはいえこれも、すぐにデビューにつながったわけではない。結果が出るまでに時間がかかった。というより、やはりタイミングも重要だったのだろう。いまになってようやくすべてが必然的なものだったのだと信じられるらしい。

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