サッカーの国際試合で、「ステップバック」といわれて怒り出す日本人選手はいない。アメリカでドライブしていて、交通整理員から「ストップ」といわれて不快に思うひともいないだろう。責任と権限のルールはきわめて明瞭なので、文化がちがっても、誰でもすぐに理解できるのだ。

 そう考えれば、この問題の背景には「日本語」があるのではないか。日本人のレフェリーも英語なら「ステップバック」に「プリーズ」はつけないし、日本国内であっても、交通整理員が外国人なら「ストップ」「ゴー」でみんな納得するだろう。

 日本語の複雑な尊敬語や謙譲語は、お互いの身分をつねに気にしていなければならなかった時代の産物だ。それが身分のちがいのない現代まで残ってしまったため、命令形は全人格を否定する“上から目線”になってしまった。日本語は、フラットな人間関係には向いていないのだ。

(橘玲・著『世界はなぜ地獄になるのか』より一部抜粋して再構成)

【プロフィール】
橘玲(たちばな・あきら)/1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。リベラル化する社会をテーマとした評論に『上級国民/下級国民』『無理ゲー社会』がある。最新刊は『世界はなぜ地獄になるのか』(小学館新書)。

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