小説の主人公は、工場の設計を請け負う(株)Kエンジニアリングに勤める小野という女性だ。所属は新卒採用チーム。かつては花形部署で開発にかかわっていたが、なにげなく口にしたひとことが炎上騒ぎにつながり、「会社の不利益になる」として10年前に畑違いの人事部に異動させられてしまう。
開発を続けたかった小野は会社への復讐を試みる。はじめは「会社の不利益になる」人間を採用して企業価値を下げようとするが、正確な判定はかなり難しく、最終的に行きついた評価軸が「顔の黄金比」だ。整った顔の人間のほうがとっとと辞める確率が高く、長い目で見て会社の体力を奪うからだ。
復讐の方法が独創的すぎるし時間もかかりすぎる。かたくななまでの小野のまじめさ、その仕事ぶりは、読者の目にユーモラスに映る。
「こんなに愚直に評価軸を考える人、いませんよね。会社にいると、会社に文句が多い人間に限って、意外に一生懸命働いている印象があるんです。こんな会社潰れてしまえ、って思っている割に、ものすごいまじめ。この主人公も、実はめっちゃ会社好きなんじゃないの? って思いながら書いていました。私自身は別にまじめなほうじゃないけど、小説ではまじめな人、ストイックな人を書くのが好きですね」
数値化された「黄金比」と、ふわっとした「縁」という言葉が対比的なタイトルだ。就活で選ばれなかった学生に送られてくるのが「今回はご縁がありませんでしたが……」という、ひどくあいまいな、いわゆる「お祈りメール」である。
「『縁』って、すごくポヤポヤしたワードで、『ご縁がなかったってなんなんだよ、ごまかしてんな』と自分の就活のときから感じていました。就活生を顔で選ぶというのも、ルッキズムを批判したいとか、社会を変えたいというような思いはなくて、会社ってこういうもんだよな、っていう現実を、あまり深刻にならずに書きたいと思いました」