同僚には「本を買うのはいいけど読まないで」と
顔だけを見つめてきた小野は、あるとき、ひとりの就活生が5年前に辞めた元役員に瓜二つだと気づく。彼は転職して、社のビッグプロジェクトの発注主のトップになっていた。離婚していて就活生とは姓が違っているため他の採用担当者は問題にしないが、小野は粘り強く調査を続け、隠されていた真実をついに手繰り寄せてしまう。
「主人公の頑固さ、自分がつくった評価軸へのこだわりで本来の目的を見失う感じが一番出せるのがこのラストかな、と思いました。本末転倒な感じを書きたかったので、このオチは最初から、だいたい頭にありましたね」
小説を書くにあたっては、自分が勤める会社を参考にしたところもあるそうだ。改めて取材をしたりはせず、自分自身の就活体験と、ふだん見聞きしてきたことを想像でふくらませた。
他の作品でも、取材は1回もしたことがないそう。
「取材するのが恥ずかしいというのと(笑い)、取材したら悪く書けなくなると思っていて。モデルがいると、その人の内面を書くときに気をつかって自由に書けない気がするんです。やったことがないので、本当にそうかどうかはわかんないんですけど」
同僚の感想も聞いてみたいところだが、会社では石田さんの本を読んでも直接、感想を言わないルール(?)になっているらしい。
「本を買うのはいいけど読まないでって言ってます(笑い)。何か言われると私がオーバーなぐらい照れるので、みなさん言わなくなりました」
デビュー作の『我が友、スミス』は筋トレとボディ・ビル、『ケチる貴方』は冷え性と脂肪吸引、『我が手の太陽』は溶接、本作が人事部と、純文学の題材になりにくそうなものをこれまで取り上げてきた。
何を書くかをどうやって決めているのだろう。
「あまり確固たる方法論みたいなのはなくて。勘とか思いつきのレベルです。どうもひねくれたところが自分にはあるみたいで、興味あること、好きなことより、うわ、これ嫌いだな、ということのほうが、意外と書けたりします。
いまは本当にネタ切れで、書きたいことが何にもないんです。ただ、自分は、小説はあんまり無理して書くものではないと思っていて。無理した結果、小説のための小説になったら、書くほうも読むほうもつまらないと思うんです。期日を設けず、何か思いついたらその勢いで書く、みたいな感じがあと何回か起こればいいなあと思います」
【プロフィール】
石田夏穂(いしだ・かほ)/1991年埼玉県生まれ。東京工業大学工学部卒業後、就職。現在も企業に勤めている。2021年「我が友、スミス」が第45回すばる文学賞佳作となり、作家デビュー。同作は第166回芥川賞候補にもなった。2023年「我が手の太陽」が第169回芥川賞候補に。ほかの著書に『ケチる貴方』がある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2023年8月17・24日号