何人も殺すのは正直ジレンマも
その海に浮かぶコテージで悲劇は1号室の次は2号室、3号室と立て続けに起き、真犯人に先を越された素人探偵樋藤の誠実な推理や心境の変化がいい。そして3年後、大阪では一見無関係な3人の男女が相次いで殺され、第一発見者が必ず狙われたことから、真莉愛と如子は警護される者とする者として出会い、如子の後輩刑事〈瀬名〉も含めて、職務を超えた信頼関係を築いていくのだ。
「男社会に疲れ、家族とも離れて生きることを選んだ彼女達が、これでいいよね、今はこれが最良だよねって、お互い迷いながらも声をかけあい、連帯する理想的な関係に、今回は前作以上に近づけた気がしています。
特に今回は愛情を理由にすれば何をしてもいいわけじゃないってことを、複数のペアで書いてみたくて。愛情も時に有害にも転び得ることを語らせるには、前時代的な家庭に育ち、親や上司など立場や権限が上の人間の一方的で身勝手な愛情の怖さを知る、彼女達のような探偵役こそ相応しいと思いました」
つまり荒木氏にとっては、そうした日常的な違和感も、世の本格好きがグッとくるロジカルな謎解きも、両方「書きたいもの」なのだと。
「そこを両立できればいいんですけど、私はまだまだヘタクソなので、第1部は本格7にドラマ3、第2部は本格3にドラマ7の2部構成にすれば、トータルで10:10になるかなって(笑)。
その書きたいことを書くために何人も人を殺すのは、正直ジレンマもある。でも本格ミステリーが大好きで、世間に伝えたいことがあるのも私なんだと最近は納得していて、その気持ちには両方、ウソはないはずです」
実は守るという行為にも、相手を所有物視するような支配欲や上下の関係を感じ、全肯定はしがたいと、平成10年生まれの彼女は言う。人が人を心底愛する中にも暴力性は潜む以上、私達はどう関係を育み、幸せになればいいのか―。たぶんこの意味深なタイトルには、そのバランスの難しさと、それでも人を信じる著者の希望とが、両方こめられている。
【プロフィール】
荒木あかね(あらき・あかね)/1998年福岡県生まれ。中3の時、図書室で借りた有栖川有栖氏の短編「探偵、青の時代」に衝撃を受け、大の本格好きに。九州大学文学部在学中に長編の執筆も始め、昨年、社会人1年目に書いた『此の世の果ての殺人』で第68回江戸川乱歩賞を最年少受賞しデビュー。「大阪を舞台にしたのは、東京は怖いけど大阪ならまだ安心といった感覚が九州や西日本の人にはあって、地元にいたくない人が流れ着く先でもある大阪を書いてみたいなと」。158cm、A型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2023年9月15・22日号