最愛のパートナーを失った田辺さんにとって心の救いとなったのは、毎日机に向かって執筆することだった。
「自分を厳しく律する人でしたし、何よりひとりになっても書き上げなければいけない原稿がたくさんあり、それが形になって社会に出ていくということが、このうえない支えになったと思います」
いくつになっても、社会とつながろうとする人は健康でいられるというのは、医学界でも定説となっている。秋葉原駅クリニック医師の佐々木欧さんが言う。
「人間は社会的な生き物なので、社会の中で何か役割があるというのは健康で長生きができる条件のひとつ。夫に先立たれておひとりさまになっても、社会との関係を維持し、仕事など居場所のある人は元気だといえる」(佐々木さん)
仕事とともに、晩年の田辺さんを支えたのはおっちゃんや子供たちに振る舞ってきた料理だった。
「仕事がすごく忙しくなるまでは自分で料理をして、お手伝いさんに任せるときも最後の味見は必ず自分で行っていました。朝からきちんと3食食べていましたね。料理は手の込んだものではなかったけれど、どれもおいしかった。特に牛肉の入った白みそのお雑煮は、魚も入っていて絶品。伯母のレシピをお手伝いさんから聞いて、私も真似して作っています」(美奈さん)
自ら手を動かして料理を作ることも、おひとりさまが健康で長生きできるヒントになると佐々木さんが続ける。
「料理は、献立を考えることから始まり、調理の段取りや効率など頭を使うことが多い。脳のさまざまな場所が活性化され、認知症予防にもなります」(佐々木さん)
最後まで手を動かし続けてきた田辺さんは、美奈さんが整理しきれないほどの生原稿や、献立が書かれたメモを残して旅立った。
【プロフィール】
田辺聖子(たなべ・せいこ)/大阪府出身。1964年『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)』で芥川賞受賞。大衆小説やエッセイ、古典の現代語訳まで多作であり、1995年には紫綬褒章を、2008年に文化勲章を受章した。
※女性セブン2023年9月28日号