国家賠償訴訟第1回口頭弁論で、猪野詩織さんの遺影を持ち東京高裁に入る母・京子さん(時事通信フォト)

国家賠償訴訟第1回口頭弁論で、猪野詩織さんの遺影を持ち東京高裁に入る母・京子さん(時事通信フォト)

 いつもの副署長はいつものように、得意のセリフをカウンター越しにかましてくれたのである。

「あー、記者クラブに加盟していないところは本部に行ってね。それに今日は署長は留守だからね、年末で忙しいんだよ。ダメだな。取材はダメ」

 まるで高性能テープレコーダーであった。立派なモノである。よく分かった。私だけにそういう態度なのか、すべてのクラブ非加盟社にそうなのかは分からないが、お話にならない。もう面倒だった。こちらも人間が出来ていない。こうなれば私は高性能スピーカーになるしかないと思った。私はカウンターの外で一方的に怒鳴り始めた。聞こうが聞くまいが知ったことか。

「取材ではありません。伝えたいことがあったから来ただけです。来週発売のFOCUSで桶川駅前の殺人事件の容疑者について重要な記事を掲載します。すでにその内容は捜査本部が十分にご存知のはずです。締め切りは今週土曜です。このことは必ず署長にお伝えください。以上」

 もうちょっと言いたいことはあったのだが、気が弱い私は心の中でこう付け足すだけだった。「あなたに取材することなんか何もない。恐らく私の方がよほどこの事件に詳しいのだ」と。

 副署長は私の名刺を見て、面倒くさそうにうなずいていた。頭のおかしいのが来たくらいにしか思っていないのかもしれなかった。それでもいい。私としては出来る限りの誠意は尽くしたつもりだった。少しは刑事達に慌てて欲しかった。

 いくらやっても私との距離をまるで詰めようとしない副署長。怒鳴っている私を無視して事務仕事に没頭する他の刑事や職員達。なんなんだここは。

 あの日、詩織さん達がここに相談に来て、絶望したのがよく理解できた。ここはまったくダメだ。「人間」がいないのだ。詩織さんは二つの不幸に遭遇した。一つはAに出会ったこと。もう一つは上尾署の管内に住んだことだ。

(了。前編から読む

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