「あっという間だったよ」
講演会の後、エントランスにある市民ロビーで行われたサイン会で、訪れたかたがたから口々にそう声をかけていただいた。私の数十年にわたるダイエット失敗歴をまとめた著書『で、やせたの?』(小学館刊)にサインをしながら、互いに笑みが絶えなかった。
それにしても、いざマイクを持ってステージに立ったら、次から次へと話したいことが浮かぶ不思議。きっと「ホーム」ってこういうことなのね。前列に座った仲よしの友人・知人や、懐かしい顔ぶれがうなずいたり笑い声まであげてくれたら私もエンジン全開。そのうち会場全体が身を乗り出してくれて──。
講演を終えると大きな拍手をいただき、同級生から立派な花束をいただいた。さらには、控室を訪ねてくださり「30年以上前からの読者です」と具体的な記事をあげて励ましてくれた人や、びっくりするほど遠くから来てくださった人も。懐かしい農業高校時代の恩師とは、やだ、50年ぶりだわ!
それだけじゃない。サイン会を主催してくれたムラカミ書店のYちゃんが帰り際にとんでもないことを言ったのよ。「おじさんが生きていた頃は、ヒロコさんが載っている『女性セブン』を『あるだけ全部』と買ってくれたのよ」と言うの。たしかに実家の茶の間にはオバ記者の載った『女性セブン』があったけれど、知り合いの誰かか母親が買っていると思っていた。だから何度も聞き返したわよ。
「えっ、おじさんって誰よ?」
「だからヒロコさんのお父さんよ。自慢の娘だったんだよ」
もう……勘弁してよね。血縁関係のない義父は、活字を読まない人だった。そう思っていたから安心して過去の恨みつらみ、ギクシャクした関係を書いたのよ。それが何、『女性セブン』を何冊も買って人に配っていて、それをひと言も言わずにあの世に旅立っていったって?
「ヒロコには言うな。気を使わせっから言うんじゃね」と自分の鼻先で手を振っている義父ちゃんの姿が急に浮かんだりして、ほんと、参った。このことはいまも受け止めきれないでいる。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2023年11月16日号