初めて知る「第五福竜丸」の歴史
事件からもうすぐ70年。ゴジラの公開だけでなく、『わが友、第五福竜丸』という劇の公演が始まった。主役はもちろん第五福竜丸だ。ただし、その姿は画像でも模型でも舞台には現れない。それでも観客は、劇場に入ってすぐ、舞台上のセットに目を留めるだろう。そこに存在はしなくても圧倒的な存在感を示す、ある物に。あまり具体的に書くとネタバレになるので、これ以上は差し控える。
「わが友」というからには、第五福竜丸やその乗組員を“友”ととらえる別の何者かが登場することを示唆する。実際そういう“誰か”が登場するのだが、その存在を私はこの劇で初めて具体的に知った。ビキニ核実験で死の灰をかぶったのは第五福竜丸だけではない。1400隻を超える日本漁船が被曝したという。
これまで私は第五福竜丸のことについて“知っている”つもりでいた。教科書で習うような知識で。それほど関心を持っていたわけでもない。公演初日に訪れたのは、この劇団(燐光群)を主宰する劇作家で演出家の坂手洋二さんと知り合う機会があり、酒呑み同士で意気投合したからだ。
そんな曖昧な気持ちで劇を見始めると、最初は展開についていけない。登場人物が多いのだ。20人の俳優が登場し、一人で何役も兼ねる役者もいる。加えてセリフのひとつひとつが長い。核問題を扱うとあって難しい言葉が続く。これを大声で客席に響かせようとするから、糾弾しているように聞こえてしまう(もっともこれは実演を重ねるにつれ俳優陣もこなれて落ち着いてきたようだ)。開演からしばらくは、なかなか感情移入できなかった。
でも後半にかけて特有のセリフ回しに慣れてくると、次第に物語に引き込まれていく。初めて知る事実のオンパレードだった。なかでも政府が「俊鶻丸(しゅんこつまる)」という調査船を現場海域に派遣していたことには驚いた。当時そんな調査が行なわれていたのか。被害はそれほど広がりがあったのか。それが長いこと隠蔽されていたのか。自分の知らない「第五福竜丸」を知る機会になった。
これは70年前に終わった話ではない。私たちが生きる今の時代に連なっている。福島第一原発事故。放射能による広範な汚染と避難を余儀なくされた人たち。廃炉処理と除染作業で続く被曝。処理水の海洋放出。この舞台は第五福竜丸の物語が現代につながっていることを描いていた。終演時には満場の客席から惜しみない拍手が送られた。