絵本作家としてのキャリアと子育てがほぼ同時期にスタート
さまざまな仕事の現場を取材し、使う道具や仕事の流れをくわしく紹介した『しごとば』や、『ぼくのおふろ』『ぼくのトイレ』など日常から「あったらいいな」の世界が広がる「ぼくの○○」のロングセラーシリーズがある鈴木さんは、絵本作家としては異色の経歴である。
もともと絵本作家を目指していたわけではなく、学生時代はジャーナリズムの世界で働きたいと思っていた。マスコミの試験に落ちて、JR東海に総合職として入社した。超エリートだが、自分のやりたい仕事ではないと感じて2年で退社する。
雑誌をつくりたくて、JRにいる頃から、ダブルワークで働く面白い人にインタビューして自分で原稿を書き、絵も描いて、Macでレイアウトをしていた。
「発表の当てもないし、だんだん貯金もなくなってきたので、グラフィックデザイナーとして広告系のデザイン事務所に就職しました。そこには8年ぐらいいて、ビジュアル・コミュニケーションを実践的に学べたんです。広告のアイディアをラフに描くことがあって、一生懸命、陰影まで描くので、『そんなに丁寧に描かなくていい』って言われて。でも、『絵、うまいね』『本気で描いてみたら?』とも言われ、少しずつ描きためて、いろんな人に見せました。広告の人って、『どう使うの?』『何に使いたいの?』って必ず用途を聞くんですよね」
自分の表現の本質をよりわかりやすく伝えるために、1枚ではなく2〜3枚の連作にするようになり、テキストもつけて、作品がどんどん絵本の形に近づいていった。
自費出版系出版社の賞に応募し、賞を受賞して、『ケチャップマン』という作品が短期間だが書店に並ぶ。たまたまそれを見た編集者から、「うちで描いてみませんか」と声をかけられデビュー、2009年には会社を辞めて作家専業になった。
「うちの娘が生まれたのが2008年なので、絵本作家としてのキャリアと子育てがほぼ同時期にスタートした感じですね。
不安? もちろんあったし、今だってありますけど、サラリーマン時代に描いた『しごとば』はすぐに重版がかかったし、働きながらこれができるのなら、専業になって集中したら、もっとクオリティーの高いものがもっと短い時間で絶対できるだろう、ここは本気でぶっこもうと、打算というより、全力でやってみたい気持ちのほうが大きかったですね」
小さい頃から絵本に親しんで、ずっと絵本作家になりたかったというわけではない。自分のやりたいことを模索するなかで出会ったのが絵本なので、初めての絵本をつくるとき、北原白秋や宮沢賢治の本をくりかえし読んでみたという。たしかに鈴木さんの絵本は文章も魅力のひとつで、つい口に出したくなる言葉のリズムは、白秋ら先人から受けた影響があるらしい。
仕事は自宅アトリエでしている。玄関からアトリエに向かう階段横の壁に、3人の子どもの写真が飾られていた。一見、ふつうの家族写真だが、写真の子どもは前の年の写真を持っている。写真の中に写真があり、時間が流れている連作のしかけに、しばらく見入ってしまった。
【プロフィール】
鈴木のりたけ(すずき・のりたけ)/1975年静岡県浜松市生まれ。会社員、グラフィックデザイナーを経て絵本作家に。『ぼくのトイレ』で日本絵本賞読者賞、『しごとば 東京スカイツリー』で小学館児童出版文化賞、やなせたかし文化賞、『大ピンチずかん』でMOE絵本屋さん大賞2022第1位を受賞するなど受賞歴多数。ほかの作品に「しごとば」「しごとへの道」「おでこはめえほん」シリーズ、『たべもんどう』『ぼくのおふろ』『おしりをしりたい』『かわ』『とんでもない』など多数。千葉県在住。1女2男の父。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2024年1月18・25日号