48年前に起こった「事件」
冒頭で述べた通り、そもそも筆者はネタニヤフ首相の元では、アメリカの顔を立てての「数日の戦闘休止」はあり得ても、「停戦」はあり得ないと考えている。
ネタニヤフ首相は、ガチガチの右派だ。彼は1976年、「パレスチナ解放人民戦線」が起こした「エンテベ空港ハイジャック事件」の人質救出作戦中に、イスラエル軍部隊を指揮した兄・ヨナタンを亡くしている。ハイジャック班全員を制圧したイスラエル特殊部隊の奇襲の成功例として今も語り継がれる事件だが、兄を失った恨みをネタニヤフは忘れていない。
またネタニヤフの支持者は、極右や超正統派と呼ばれるユダヤ教の信仰厚い人々だ。彼は通算15年、首相の座に居座ってきたが、近年支持率は落ち込み、2020年にはネタニヤフの右派政党「リクード」が第1党にはなったものの連立を組む相手が決まらず組閣できないまま、結局イスラエルでは一年のうちに3回選挙が行われると言う珍事が起きた。その間に収賄と背任の疑いで起訴されているが、現在も極右・宗教政党との連立で、かろうじて首相の座にある。
そのため、アメリカ・バイデン大統領がどれほど説得を続けようと、ネタニヤフ首相のもとで、ハマスの勢力、あるいはその思想をわずかでも残したままの「停戦」と言う選択肢はあり得ない。まして、「二国家共存」をネタニヤフがのむわけもない。
彼の支持基盤は脆弱で、極右・宗教政党が離反すれば崩壊する。彼がハマスとの対決で国民を納得させる解決ができなければ、彼は首相の座を追われるだけではない。最悪、ハマスの奇襲を許し、1200人のイスラエル市民や多くの軍人を犠牲にしてしまった首相としての責任を問われかねない。万一、政治家としての免責特権を失えば、ネタニヤフは、即、収賄と背任の罪で収監される可能性があるのだ。
今や、イスラエル右派の間では、ガザに住む約220万人のパレスチナ人を、イスラエルから完全に遮断する考え方が現実味を帯びてきている。
双方が不信を募らせ、強者であるネタニヤフが強硬姿勢をとり続ける限り、ガザの避難民に十分な食料や水が行き渡り、医療物資が届けられる「停戦」は、まず実現しないだろう。とても悲しいことに、空腹や寒さに苛まれ続けるガザの人々の苦難が終わる道筋は、なかなか見えてこない。
唯一の希望は、イスラエルで選挙を求める機運が拡大しつつあることだ。もし、ネタニヤフが首相の座を降り、穏健派が力を持てば、状況は変わるかもしれない。しかし、それにはまだまだ時間が必要なのだ。ガザの人々の「春」は遠い。
【プロフィール】
松富かおり(まつとみ・かおり)/1959年、鹿児島県生まれ。東京大学卒。TBSで「筑紫哲也ニュース23」などニュースキャスター『有村かおり』として活躍。1999年、外交官の夫と共にニュージーランド、トルコ、フランスに赴任。以後イスラエル大使夫人・ポーランド大使夫人として外交の現場に携わりつつジャーナリスト活動を再開。 著書に『明日は戦場にいるかもしれない』(窓社)『エルドアンのトルコ』(中央公論新社)など。