地域によっては、今で言う「リコール」にあたる制度が生まれたり、文書主義の徹底が進められたりもしたという。さらには、山縣有朋や福澤諭吉といった偉人たちも江戸時代の自治を高く評価していた。
「“地方自治制度の父”とも呼ばれる山縣は、地方自治担当の内務卿に就任する直前の1883年に、江戸の自治について調査した『郷村考』という本を発行。明治期の啓蒙主義者であった福澤は、自身が創刊した『時事新報』の論説の中で江戸時代の村政運営について『十分に自治を行い』と記している。明治政府を支えた重鎮や近代化を促した知識人たちが、民主的傾向を高評価している点も非常に興味深いと考えます」(柿崎氏)
日本で「ネオナチ台頭」の懸念も
江戸時代の自治や選挙制度について学ぶことで得られる“現在進行中の民主主義の危機を防ぐヒント”について、柿崎氏はこう言う。
「江戸時代の人々は、これらの制度をどこからか輸入してきたのではない。年貢負担や自分たちの村で起きている問題を解決するために、必要な選挙やオンブズマン、リコールにあたる制度を自ら考えて生み出し、それを確立させた。最も学ぶべきは、村民全員が政治に対する“積極性”を持っていた点です。
私は、日本における民主主義の危機の最も大きなカギは、投票率の低下にあると思っています。“投票しても政治は何も変わらないと考えて投票に行かない。そして何も変わらない”という悪循環が生まれている。投票率は国政選挙でも50%ギリギリで、もはや多数決ではなく少数決状態です。それに拍車がかかると、少数勢力ではあるものの過激な思想や意見を持った集団が台頭し、いずれ日本でも欧州の極右やネオナチのような過激な政党がキャスティングボードを握る可能性があります」
4月には、衆院の東京15区、島根1区、長崎3区の3補欠選挙が控えている。さらには、衆院解散・総選挙も取り沙汰されている。
「現在の岸田政権の支持率を考えれば、投票率が数%上がるだけでも政権交代が起きる可能性があります。“投票しないと政治が変わらないんだ”と認識を改めるべきです。特に10代、20代といった若い世代には積極的に選挙に行って、江戸時代の人々のように政治をより良くしていくための知恵を絞っていってほしいです」(柿崎氏)
温故知新で民主主義を守る術を考えなくてはならない。
【プロフィール】
柿崎明二(かきざき・めいじ)/1961年、秋田県生まれ。帝京大学教授。早稲田大第一文学部卒。共同通信社政治部記者、編集委員、論説委員などを歴任。2020年10月から2021年10月まで菅義偉内閣の首相補佐官を務めた。2022年4月より帝京大学法学部教授。著書に『「江戸の選挙」から民主主義を考える』(岩波書店)などがある。