語彙力がない分スラングでやる
始まりはラメちがくれた〈チョコチップクッキー〉。その1枚を頬張り、配達の足がないという春に自転車での牽引役を申し出た僕は、〈もうまいっちゃった。頭ぐわんぐわんだしぼくコロナかも〉と正体をなくし、逆に春の足を引っ張る。
〈しびでぃ〉や〈手押し〉、〈えでぃぼーでバッドとか、あー、聞いたことない〉といった隠語が飛び交う空間や、初めてそれを摂取した僕の平仮名にほどけていく感覚を文字だけで追体験させ、音や匂いまで感じさせてしまう筆力は、事の善悪を超えて、尊くすらある。
「今回は主人公が耳にした単語が漢字や英語に結ばれない間は平仮名にしたり、意識的な部分もあるんですけど、普段は平仮名多めがフツウっていうか、自分で書けない漢字を変換して書くのが、恥ずかしくて(笑)。
あとウィード関係の話は、こういう一軒家で集団生活をしているサイバヒッピーって名乗ってる人達に取材したり、隠語もわざと伝わんない言葉を選んでます。それは主人公が未知の言葉を覚える感覚を体験してもらいたかったのと、自分の場合、普通に純文学を読んでても、『穿つって何だよ?』、聞いたことねー、みたいな(笑)。
それで足止め食らって、ググったりでどうにか噛み砕いた時間も実は大事だったりしたんで、語彙力のない自分はそれをスラングでやってやろうと。曲がりなりにも純文学だぞ、気安く読めると思うなよって。そこらへんはモロ文学の影響なんで、文句は先人に言ってください(笑)」
僕は春と再会したことで彼女達との嘘のない関係や初めての居場所を得る一方、敵対する〈一家〉に襲われ、恐怖に慄くことにもなった。それでも春が、〈はぐみが楽しそうにうた歌ってたり、ひかるがゲーム没頭してるだけでうちは胸つまる時ある〉〈ほしいもん、もうぜんぶ持ってる〉と言う瞬間を読者は心底信じることができるのだ。
「これは自分の理想の世界というか、祈り? ヤバいお菓子の話なんてどうかと思ったけど、意外に共感できたとは、よく言われます。でも書いてる時は音とか描写も自分を喜ばせることしか考えてなくて。音楽はグミ氏だけにセンスがある設定なんで何曲か、かなり厳選した曲を入れていて、音楽好きな人もそうでない人も、いろんなレイヤーで楽しめる小説が理想です」