「保証金を稼ぐため」のはずが……
ハオさんは事件発生から約3年後の2020年1月、澁谷を相手取って約7000万円の損賠賠償支払いを求める民事裁判を起こした。先に行われた刑事裁判で、ハオさんは澁谷の極刑を求めたが、無期懲役が確定。この判決に納得できず、民事裁判に訴えることにした。
民事では請求通りの判決を勝ち取ったが、澁谷から賠償額が一向に支払われないため、ハオさんは澁谷のマンションを競売にかけ、売金を差し押さえる方法に着手した。しかし千葉地裁松戸支部からは、マンションの評価額が低いため、競売にかけるには保証金4000万円を支払う必要があると言い渡された。
ハオさんに大金の用意が必要となったのはこの時からだ。何としてでも澁谷のマンションを差し押さえたいハオさんは、借金に手を出してしまう。
「ベトナムにある自分と親族の家5軒を担保にベトナムの銀行から3000万円を借りました。でも保証金には足りない。それで温泉のビジネスを始めることを思いつきました」
雪だるま式に増えた借金
ハオさんは2007年に来日してから、IT関係の仕事に従事してきたため、起業経験は乏しい。温泉ビジネスへの投資はかなり突拍子もないアイデアに思われるが、そこにはこんな思いもあった。
「東日本大震災の記事を見て、今も福島に帰れない人がいると知りました。観光地の旅館やお店を閉店する人もいて、とても不公平に感じた。自分のことに似ていると。私も別に悪いことしていないのに、家族が残忍な目に遭った。福島の人と同じ気持ちになり、何かしたいと思いました」
ベトナムの旅行会社の多くは、福島県北塩原村にある観光地、五色沼を日本の観光ツアーに組み込んでいた。その付近に位置する二本松、会津若松両市に、震災の影響で閉館した温泉旅館をそれぞれ見つけ、保証金のために借りたお金を注ぎ込んでオーナーになった。
「ベトナムには雪や温泉がありません。だから日本を旅行するベトナム人に温泉の素晴らしさを紹介したかった。物件を購入し、少し修理すれば再開できると思ったんです」
そんなハオさんの青写真は、想定通りにはいかなかった。予想外の改修費や営業許可証の取得に必要な諸経費が発生し、それを捻出するための資金繰りが難航した。ベトナムの家を担保にした借金3000万円は雪だるま式に7000万円まで膨れ上がり、自転車操業に陥った。