東日本大震災一覧

【東日本大震災】に関するニュースを集めたページです。

カツオの豊漁が意味するものとは?
「カツオ水揚げ量35倍」は前兆? 阪神・淡路ではマダイ、東日本大震災ではカレイの豊漁報告
 豊漁でお手頃価格となり、テレビで連日取り上げられている「カツオ」。家計の“救世主”が、本当に私たちの命を助けてくれるかもしれない。過去の大地震では、まず漁港で異変が起こっていた。豊漁が意味する重要な“サイン”を専門家が指摘する。 6月中旬、スーパーの店内で何人もの主婦が足を止めたのは鮮魚コーナーだった。彼女たちが、次々に手を伸ばしていたのは、「カツオの刺身」だ。今年のカツオは例年より脂が乗って弾力があるうえ、4月の半額ほどで味わえる。 お手頃価格の理由は「異例の豊漁」だ。もともと5〜6月にかけて漁の最盛期を迎えるが、カツオの水揚げで知られる千葉の勝浦港や銚子港では、5月の水揚げ量が4月と比べて35倍にも跳ね上がったという。食品や日用品の値上げが続くなか、家計にとってはうれしいニュースだが、喜んでばかりではいられない。武蔵野学院大学特任教授で地球物理学者の島村英紀さんが話す。「異例の豊漁が続いた後に、大地震が発生するケースは少なくありません。カツオの豊漁がなんらかのサインである可能性も考えられます」 これまでも大地震の発生前に魚が異常な行動を見せる例は多くあった。たとえば、1995年の阪神・淡路大震災では、震源となった淡路島の沖合でマダイが大量に網にかかった。地震発生4日前の1月13日は32kgと平年並みの水揚げだったが、前日の1月16日には1200kgを記録したのだ。通常の40倍近い豊漁に沸いた直後、港町は大きな揺れに襲われた。 2011年3月の東日本大震災の直前にも、海の中で変化が起こっていた。津波に襲われた岩手県沿岸部の大槌町沖でカレイが、同じく甚大な津波被害に遭った福島県浪江町ではアイナメが豊漁だったと報じられている。 東日本ではないが、同時期に西日本でも異変が見られた。徳島・小松島漁港で1〜2月、例年の2〜4倍のイカが水揚げされたのだ。ベテラン漁師は地元新聞の取材に対してこう話している。「阪神・淡路大震災のときもそうだが、1946年の昭和南海地震の直前にもイカが大量にとれた。あまりに大漁なので、変だと思っていた」 前出の島村さんも地震にまつわる伝承は確かにあるという。「東北の三陸地方では、『イワシが大漁の年には大地震が来る』という言い伝えがあります。明治三陸地震(1896年)と昭和三陸地震(1933年)の直前には、イワシが異常なほどとれたそうです」 なぜ豊漁が地震と結びつくのか。「地震発生の前段階として、海底で岩盤がぶつかり合ったり、割れたりするのですが、その際に電流や磁気などが発生するという研究結果があります。水中生物は微弱な変化を敏感に捉えるセンサーを持っており、その感度は人間が作ったセンサーよりも桁違いに高い。水中生物が海底からの異常を感じ取ることで、彼らの生態や行動に異変が生じた可能性があります」(島村さん・以下同)地震の予兆とプランクトン増 実際に行動パターンにも変化が訪れている。いま、大量に水揚げされているカツオは千葉県沖から三宅島、八丈島近海でとれたものだ。回遊魚であるカツオは例年1〜2月頃にフィリピンやインドネシア沖の亜熱帯海域から三陸沖に向かって北上を始め、8〜9月頃に三陸沖に至ると、秋口にUターンして亜熱帯海域を目指す。しかし、近年では亜熱帯海域まで南下せずに、日本の近海で越冬する群れもいるという。「現在、小笠原諸島では2021年8月に海底火山の福徳岡ノ場が噴火するなど、活発な活動が見られています。火山活動によって海水温や海底環境が変わり、イワシが集まったことで、イワシをエサとするカツオが日本近海にとどまったことも考えられます」 本来、イワシは春から夏にかけて北海道沖や三陸沖に移動する。島村さんはカツオがエサとしているイワシが日本近海にとどまっていることこそに警鐘を鳴らす。東京大学名誉教授で水産学者だった故・末広恭雄氏は1933年の昭和三陸地震の直後に発表した研究論文『魚類を通して見た地震』のなかで、地震とプランクトンの関係性を指摘している。 地震発生前日の夕刻、神奈川県の三浦沖で捕獲されたイワシの腹に、通常の5倍の定着性プランクトンが確認されたという。定着性プランクトンとは、海底のプランクトンだ。通常イワシは海面近くを群れで泳ぐため、地震の直前に、なんらかの変化が海底であり、プランクトンが浮き上がったと分析されている。 海底の異変を示唆する現象としては、豊漁のほか、異常な不漁、珍しい深海魚の出現なども考えられるという。「駿河湾の深海に生息する、サクラエビの歴史的な不漁が続いています。サクラエビは水中生物の中でも特に優秀なセンサーを持っています。海底でなんらかの異変を感知しているのかもしれません。駿河湾の海底には『駿河トラフ』が存在し、そこから南西方向に連続しているのが『南海トラフ』です。つまり、駿河湾で異変が起きているということは、甚大な被害が予想される南海トラフ地震も懸念されるのです」 実際にカツオの豊漁が続く房総沖や関東近海では、地殻変動が続いている。京都大学名誉教授で地球科学者の鎌田浩毅さんが解説する。「東日本大震災で1000年ぶりの大きな地殻変動の時代が始まり、日本列島は不安定になりました。房総沖や関東近海の地殻変動も、これと無関係ではありません。さらに、房総沖や関東近海のプレートが動くことで、マグニチュード7を超える首都直下地震が発生する“Xデー”が近づく可能性も充分にあります」 首都直下地震の場合、津波の心配はさほどないが、建物の倒壊や火災のリスクが非常に高い。5月25日、東京都は首都直下地震の被害想定を10年ぶりに見直し、新たに報告書を発表した。最大で約19万4431棟の建物被害、6148人の死者が出る可能性があるという。10年前の想定から約3割減となっていたが、鎌田さんは「都の見通しには建物や上下水道などの老朽化による被害増が含まれていないため、安心してはいけない」と警鐘を鳴らす。「首都直下地震は30年以内に70%の確率で起こるといわれていますが、発生時期の具体的な予測はできません。つまり30年後かもしれないし、明日かもしれないのです。日頃から充分な備えが必要です」(鎌田さん) 魚たちが教えてくれる地震の予兆を見逃してはならない。※女性セブン2022年6月30日号
2022.06.18 19:00
女性セブン
「1980年7月から、初となる夏の全国ライブ『サザンオールスターズがやってくるニャー!ニャー!ニャー!』は40公演を行いました」
サザンオールスターズを語ろう 読者が選んだ好きな曲トップ10と思い出
 1978年6月に『勝手にシンドバッド』で鮮烈なデビューをしてから44年。シングル&アルバムの総売上枚数は4883万枚以上。現在までに、シングル55枚、アルバム15枚を発売、シングル売り上げランキングでは、1980年代から2000年代まで各年代で首位に輝いた。私たちの人生を彩ってきたサザンオールスターズ(以下、サザン)の曲は、どんな記憶と結びついているのか。1948人の読者の皆さんから届いた極上の思い出話をお届けします。 ボーカルとギターを務める桑田佳祐を中心に、青山学院大学の学生時代に結成されたサザン。1978年のデビュー以来、数えきれないほどのヒット曲を生んできた。『女性セブン』の読者に心に残る曲と思い出話を聞いたところ、多くの人が挙げていたのが次からのトップ10。人気1位の曲から、皆さんの思い出を紹介します。1位『TSUNAMI』 この曲は、1990年代後半〜2000年代前半にかけて放送されていたバラエティー番組『ウンナンのホントコ!』(TBS系)内の恋愛企画『未来日記III』のテーマソングに起用されていた。『未来日記』は大人気を博し、後に映画化などもされたが、この曲も300万枚以上を売り上げ、同年、日本レコード大賞を受賞した。「初めて自分から大好きになった人が好きだった歌です。緊張した初デートはどこかぎこちなく、それきりに。その後、私が結婚してから、彼も私のことが好きだったことを知り、結婚を後悔した思い出が……」(40才・会社員)「入院中によく聴きました。私にとっては復活の歌です」(62才・無職)「幼稚園教諭をしていた頃、器楽演奏会で演奏した思い出の曲です。年に一度、同じ地区の幼稚園が何園か集まって、芸術劇場で演奏会をしていたのですが、6才の子にドラムを教えたことや、大人顔負けの演奏をしていた園児を前に指揮をしたことなど、いまでもよく覚えています」(42才・パート)「次女の中学校卒業式を思い出します。式典終了後、クラスの謝恩会が行われたのですが、子供たちが歌詞カードを用意してくれていて、子供たちとともに親も先生もみんなで一緒に歌い、感動しました」(67才・契約社員)「この曲を聴くと、東日本大震災の後、サザンは『TSUNAMI』を歌わなくなったことを思い出します。震災にあったかたがたへの配慮であったと思っていますが、彼らの優しさが胸に染みています。いまでは少しずつ、聴く機会が増えて、うれしいです」(39才・専業主婦)2位『真夏の果実』 桑田佳祐の初監督映画『稲村ジェーン』(1990年)の主題歌で、その後もドラマ『悪魔のKISS』(1993年・フジテレビ系)の挿入歌、就職情報誌や携帯電話のCMソングとしても起用されている。映画の影響も強いようで、この曲に思い入れがあるという声が多かった。「高校生だった私は部屋にこもって受験勉強をしながらこの曲を聴き、映画『稲村ジェーン』を見てどっぷりとはまり、海辺や、ロケ地でデートをする自分を妄想していました。この曲を聴くと甘酸っぱいような気持ちとともに、その頃の自分の部屋や窓から眺めていた風景を思い出します」(49才・パート)「茅ヶ崎のビーチに友達と遊びに行ったときに、この曲が海で流れていました。ビンゴ大会もあって、楽しい思い出です」(30才・パート)「高校3年生の夏休み、それまで部活で忙しく映画さえ行けなかった私は、友人と楽しみにしていた映画『稲村ジェーン』を見に行きました。その友人は、24才で結婚。その翌年、出産後にがんで亡くなってしまいました。この曲を聴くと彼女のことを思い出します。いまは私の切ない大切な歌と映画。いつまでも忘れられない思い出です」 (52才・派遣) この曲を聴きながら、映画に出てくるロケ地巡りをした人もいたようだ。3位『いとしのエリー』 3枚目のシングル。ドラマ『ふぞろいの林檎たち』(1983年・TBS系)の主題歌にも起用された曲。サザンのシングル初のバラード曲でもある。「よく、遊びに誘ってくれた先輩がサザンのファンで、いつしか私も気づくと曲を覚えていました。先輩は既婚者でしたが、頻繁に遊びに誘ってくれるので、てっきり私を好きなのだと思っていたら、好きは好きでも恋愛感情じゃなかったことがある日、判明。いまでもこの曲を聴くと、一気にあの頃に心が戻り、行き場のない切なさで、ボロ泣きしたあの日を思い出します」(65才・無職)「20代の頃、一緒に暮らしていた彼の声が桑田さんの声と似ていて、“エリー”を私の愛称に変えて歌ってくれました。その彼とはお互い好きなのに別れてしまいましたが、いまでもふとしたときに思い出し、胸が苦しくなることがあります。(68才・契約社員) サザンファン同士で結婚した人からは、「わが子に“エリ”と名付けた」という回答も多かった。4位『涙のキッス』 1992年放送のドラマ『ずっとあなたが好きだった』(TBS系)の主題歌。佐野史郎(67才)演じる“冬彦さん”ブームも相まって、売上枚数150万枚以上を記録し、サザン初のミリオンセラーとなった。「友達とよく歌っていた曲です。お互い、恋愛がうまくいかず、相談をしては落ち込んでいました。この曲を聴くと、そのときの友達の顔と慰め合っていたのを思い出します」(41才・専業主婦)「当時つきあっていた人がサザン大好きで2人でよく聴いていました。互いの家の関係で仕方なく別れることになったときに、この曲が流行していたので、聴くたびに当時のつらかった思い出と、彼の優しさを思い出します」(53才・ 自営業)5位『勝手にシンドバッド』 記念すべきサザンのデビュー曲。『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)にタンクトップと短パン姿での出演が話題となった。「歌詞が聞き取りにくいため、日本語の歌詞でありながら、テロップが出たのもこの曲だったんですよね」(55才・自営業)「当時、私もバンドを組んでいたのですが、この曲は、これまでのバンドにはないコミカルかつ斬新なメロディーだったので、かなりの衝撃を受けました」(58才・自営業)『夜ヒット』で初めて聴いたときは、思わずテレビの音量を下げました。何を言ってるかわからなかったけど、迫力満点だったんですよね」(58才・専業主婦) 50代からは、当時の受けたインパクトの強さを感じるコメントが多く届いた。6位『希望の轍』 映画『稲村ジェーン』の挿入歌。結婚式など祝いの席で歌われたという声が多かった。「以前、結婚式場で、エレクトーン演奏の仕事をしていたとき、新郎がこの曲での退場を希望し、曲が流れると号泣。新婦が肩を抱いて退場した姿が、忘れられません」(61才・公務員)「30年前に挙げた私の結婚式の入場曲です。私たちはサザンが大好きで横浜スタジアムにライブに行ったのが初デートです。いまでもサザンのライブは、必ず参加しています」(54才・会社員)7位『愛の言霊〜Spiritual Message〜』 香取慎吾(45才)主演のドラマ『透明人間』(1996年・日本テレビ系)の主題歌。「子供の頃に見ていた」というドラマの影響からか、30代の支持が目立った。「桑田さんの『〜とは』が『〜とぉゎ』と聞こえるような独特の歌い方が耳に残ってくせになり、口ずさんでいたのを覚えています。めちゃくちゃ真似して歌って、家族で笑顔になっていました。ドラマはもちろん見ていたのですが、歌を聴くのが楽しみだったんです」(36才・専門職)「亡くなった父が大好きだった曲。私もよく聴いていました。いまも落ち込んだときや気持ちを落ち着かせたいときなどに聴いて、父のことを思い出し、勇気や元気をもらう大切な曲です」(34才・専業主婦)8位『LOVE AFFAIR〜秘密のデート』 松嶋菜々子(48才)主演のドラマ『Sweet Season』(1998年・TBS系)の主題歌で、ドラマのテーマが不倫だったため、不倫にまつわる思い出が多かった。「まさに不倫中に流行していた曲。歌詞がドンピシャで胸に突き刺さり、彼がこんなふうに思っていてくれてたらいいなぁと、いつも思いながら聴いていました。ドラマにもハマって、自分と重ね合わせていつも胸が痛かった。いまもこれを聴くと当時の若気の至りだった自分を思い出します。でも、あの日々があったから、いまが幸せなんだと思っています。当時の彼の奥さまには申し訳ないのですが……」(44才・パート)「歌詞に、レストラン船『マリーンルージュ』や『大黒ふ頭』、バー『ブルーライトバー』など横浜の名所がたくさん出てきて、『こんなところでデートできたら、いいだろうな』と不倫相手どころか、彼氏もいない私は妄想していました」(40才・パート)9位『栞のテーマ』 映画『モーニング・ムーンは粗雑に』(1981年)の挿入歌にも使用された曲。映画のタイトルは桑田が命名した。「サザンファンだった憧れの人に、『この曲、好きなんだ。髪をかきあげてみて』と言われて、髪をかき上げたら、『しびれる〜』とひと言。その人とはそれきりで、ご縁がなかったのですが、この曲を聴くと、あのドキドキがよみがえります」(47才・契約社員)10位『エロティカ・セブン』 奥山佳恵(48才)、深津絵里(49才)、常盤貴子(50才)が主演のドラマ『悪魔のKISS』の主題歌。ドラマは生々しい性描写や借金地獄など、センセーショナルな内容で話題になった。「新宿で、夜働いていたとき、有線から毎晩流れていて、お客さんもカラオケで歌う人が多かった。つらいこともいいことも濃縮された日々だったので、この曲が流れるといろんな記憶が鮮明に、次々とよみがえります」 (54才・職業不詳) このほか、ベスト10以外の曲にも熱い思い出が。『Ya Ya(あの時代を忘れない)』「同窓会のカラオケで、みんなで歌うのが定番になっています。ともに過ごしたよき時代を懐かしがり、友人の大切さを再確認できる素晴らしい歌だと思います」(43才・会社員)『チャコの海岸物語』「学生時代、海ドライブといえばサザンの曲で、砂浜を指でなぞったりしたのを思い出します。もちろんカラオケでも名前を変えて歌いました」(51才・会社員)『ミス・ブランニュー・デイ』「なぜか、体育の持久走や、マラソン大会などで走るときに頭の中で流れていた曲です。あのリズムが走るのにちょうどよかった思い出があり、頭の中で延々とリピートしながら、ゴールに向かっていました」(48才・パート)『みんなのうた』「サザン30周年のライブで雨の中、野外で聴いた思い出があります」(59才・専業主婦)桑田の“同級生たち”が集結 時代遅れのRock’n’Roll Band 今年5月23日に配信リリースされ、話題を呼んでいるのが、『時代遅れのRock’n’Roll Band』。作詞・作曲を担当したのは桑田佳祐。コロナ禍、各地で起こる自然災害、緊張状態の続く世界情勢の中、平和への願いを込めて、楽曲を作り上げたという。 メンバーは桑田と同じ年の佐野元春(66才)、 世良公則(66才)、Char(67才)、野口五郎(66才)の4人。ドリームチームともいえるバンドを結成したいきさつを桑田は自身がパーソナリティーを務めるTOKYO FM『桑田佳祐のやさしい夜遊び』(5月21日放送)で次のように語っている。《同級生5人集まったらどうかと思って。一人一人に会っていただいて、ノリというか、時々、おっちゃんたちも、こんな時代に音楽をやりながら、人生楽しませてもらっているよという姿を見てもらえたらという感じで曲を作らせていただきました》 同曲は初登場1位、配信1週目で2.1万ダウンロードを記録した。取材・文/廉屋友美乃※女性セブン2022年6月30日号
2022.06.18 16:00
女性セブン
各国の専門家がデザインした「防災都市」とは? 世界で相次ぐ気象災害と共生めざす
各国の専門家がデザインした「防災都市」とは? 世界で相次ぐ気象災害と共生めざす
日本全国で地震や風水害、土砂崩れなど自然災害が頻発していますが、今後は世界中で災害が増加、激化すると予測されています。では、私たちの暮らす「場所」はどのように変わるべきなのでしょうか。 2022年4月に東京・日本橋で開催された「リジェネラティブ・アーバニズムー災害から生まれる都市の物語」展の統括プロデューサー・阿部仁史さんと次世代の都市や暮らし、ライフスタイルのあり方について考えてみました。「災害」ではなく「自然現象」と人間が協調しながら生きていく「都市」東日本大震災から11年が経過した今年4月、東京・日本橋で展覧会「リジェネラティブ・アーバニズム展ー災害から生まれる都市の物語」が開催されました。環太平洋大学協会[APRU]に属する11大学が参加する国際共同プロジェクト「ArcDR3」で、災害にしなやかに対応する社会に向け、都市がどうあるべきかを各大学が研究し、その最新成果が発表された形です。とはいえ、「リジェネラティブ・アーバニズム」といわれてもピンと来るひとは少ないはず。まず、阿部仁史さんにこの考え方について伺いました。「ひとことでいうなら、『自然と共生していく都市のつくり方』でしょうか。防災の専門家に教えてもらったのですが、そもそも『自然災害』という言葉が適切ではないのです。地震や水害、森林火災は本来自然に発生している単なる『自然現象』です。ただ、人間の暮らす領域が広がり、自然現象と人の行為が交わるとき、自然のサイクルが強く人間のシステムが壊れれば『災害』となり、一方で人間のシステムが大きく自然のサイクルが傷つけられると『環境破壊』になるわけです。では、なるべくあつれきが起きないような方法が見つかればいいのではないか。やわらかく、人間と自然がお互いに協調し、調整しあうような都市デザインができないか、というのがこのプロジェクトの趣旨であり、本展のタイトルとした背景もそこにあります」と話します。今まで、都市や住まいは自然災害から「人命や財産を守る」ことが至上とされ、自然災害で被災すると「もと通りに戻す」ことが求められてきました。「リジェネラティブ・アーバニズム」は、それとはまったく考え方を変え、災害を「起きるもの」「共生するもの」と捉えて設計できないかを考えているのです。また、展覧会名を「アーバニズム」としているのは、「アーバン」、つまり都市部だけでなく、郊外や農村など自然に近い領域、そもそも人間の生活のあり方、ライフスタイル、社会制度にもふれてるからです。広く、大きく「人が営む場所と自然とのあり方」をテーマにしていると捉えるとイメージがつかみやすいかもしれません。ではなぜ、今、「災害と都市」なのでしょうか。「いくつか理由はありますが、1つは地球全体で災害が頻発しているということ。気象が変動して今までの状況とは異なってきているという点があります。2つ目はやはり人口が増えて、人間が住まう領域が拡大し、本来住んでいなかったところに住むようになっている。つまり、自然との距離感が保てないところまできている点があります。3つ目はテクノロジーの発達によって、地球上で起きている災害の情報が伝わるようになり、自分の身近に感じられるようになっている点があると思います。やはり環境問題と災害というのは表裏一体の関係にありますから、SDGsも含む環境を考える動きともあいまって、関心が高まっているのだと思います」(阿部さん)一部の予測によれば、2050年には人類は97億人になり、うち2/3にあたる60億人が都市に住むといわれています(※1)。人口の増加と都市、人間のあり方は、「今」考えておかないといけない、喫緊の課題なのですね。「森林火災が起きても延焼しない」「洪水時に都市が漂流する」ユニークな都市ばかりこの展覧会では、水成、群島、時制、火成、共生、遊牧、対話という、架空の7つの都市の物語が展示されました。都市の構想を練ったのは、東北大学や東京大学(日本)、UCLAとカリフォルニア大学バークレー校(米国)、メルボルン大学(豪州)、国立成功大学(台湾)など、各国を代表する11大学です。7つの都市は架空、想像の都市ということもあり、どれもとてもユニークですが、阿部さんに印象に残った都市の例を紹介してもらいました。「アメリカやオーストラリアでもっとも身近な災害が山火事です。落雷などで山火事が頻繁に発生するのですが、火事が起きることで、生態系が維持されるようにもなっています。こうした森林火災が起きることを想定した『火成都市』では、森林と人間の居住エリアのあいだにバッファとなる緩衝地帯をもうけ、人間が下草などを管理することで、ゆるやかな防火機能をもった農村田園地帯をデザインしています。つまり火災は起きるけれども、被害は減らせるという発想です(エディティッド・エッジ(原生調整帯と都市調整帯))」なるほど、人と自然のまじわるエリア、ゾーンがグラデーションになっています。ほかにも、洪水発生時には水がいったん都市部の遊水池や公園のような場所に流れ込み、一時的にヴェネチアのような景観を形成する都市(フィルタリング・ランドスケープ)や、みつばちとの共生を考えた都市(ミツバチ・コモンズ)なども提案されました。「都市機能は一定であることが前提とされていますが、四季が移ろうように、都市機能そのものが変化する景観としてあってもよいわけです。たとえば洪水であふれた水が都市に入ってくることを、人間の方が受け止められる都市機能にする。それによって発生する変化を楽しむという発想もあっていいと思うのです」なるほど、平時と非常時の二重の都市計画ラインとでもいう感じでしょうか。「東日本大震災でも、『此処(ここ)より下に家を建てるな』という石碑が歴史的に受け継がれていたことが話題になりました。あれは、住む場所と働く場所をわけ、海抜60mの地点より上に家を建てることで集落を守るという知恵だったわけです。平時と非常時、二重の海岸線が機能した例です。そもそも今回の展覧会は2015年、宮城県仙台市で開催された「国連防災世界会議」が開催されたプラットフォーム『ArcDR3(Architecture and Urban Design for Disaster Risk Reduction and Resilience)イニシアチブ』がもとになっています。未曾有の被害となった東日本大震災を教訓として世界で共有し、今後の都市の希望に変えられないかという試みでもあります」(阿部さん)災害の多い国で暮らしているためか、私たちは、「ああ、また災害だ」で終わってしまいがちです。「災害を悲劇で終わらせない」、これこそが「リジェネラティブ・アーバニズム」のスタート地点なのだとすると、とても有意義な試みであることは間違いありません。よりよい都市像と住まい方へ。世界をよりよく変えていく今回の都市の物語は、あくまで「提案」「想像」とありますが、実装することは可能なのでしょうか。「シンガポールでは、行政が主導して、環境問題を施策として推進しています。国家の成り立ちからして、災害や上下水道整備、環境問題に取り組むことが死活問題なのです。そういった先進的な取り組み、実証実験を行いながら、環境や防災都市計画そのものをビジネスモデルとして国外に売り込むことも考えています」(阿部さん)といい、単なる提案で終わらせない他国の取り組みに可能性を感じます。「今まで日本社会は、高度経済成長を通し、都市や人工物は『壊れない』ことを前提に堅牢堅固な建物を作ることに腐心してきました。実際には竣工して終わりではなく、短・中・長期でメンテナンスをして適切に入れ替えていかなければ、建物は維持できません。建造物が美しいのは当然として、大きな自然の一部として、新陳代謝をし入れ替わっていく、ゆらぎがあり、壊れるものであると捉えなおすことで、新しい枠組みや都市像が見えてくるのだと思います」(阿部さん)日本は高度経済成長期に急激な都市化が進みましたが、そのときに建設された建造物が今、まさにうつろいのさなかにいます。これを単なるスクラップ&ビルドで高層化し新しく塗り替えるべきなのか考えさせられます。筆者と同じように考える人は「リジェネラティブ・アーバニズム」展を見学した人にも多いようで、見学後のアンケートには、「都市化、都市への一極集中化が良いことのようにされているけれど、そもそもの議論が必要だと思う」「まだ世界にはリスクがいっぱいで、最低限にも満たない暮らしを強いられる人がいることに気づかされた」「総合的に、グローバルな観点から考察する必要がある」などのコメントが寄せられていました。都市というとアスファルト舗装された土地、立ち並ぶ高層ビル、添えられた緑を思い浮かべていましたが、それは20世紀モデルであり完成形ではありません。よりしなやかで強靭、変貌と変化があり、自然現象と共生する都市デザインである「リジェネラティブ・アーバニズム」の新しい試みと価値観に期待が止まりません。●取材協力ArcDR3展覧会製作実行委員会※1 国際連合広報センター(嘉屋 恭子)
2022.06.14 07:00
SUUMOジャーナル
企業別「CM好感度」ランキングを読み解く KDDIが絶好調、Yogiboの躍進も
企業別「CM好感度」ランキングを読み解く KDDIが絶好調、Yogiboの躍進も
 長びくパンデミック下でも人々の心を捉え、企業イメージをアップさせた“ヒットCM”が秘めた力とは? 最近の人気CMランキングから分析してみよう。2021年度企業別「年間CM好感度」ランキングトップ10。不思議な動きのダンスで魅了したカップヌードルのCMなどの画像も 2020年にコロナ禍が始まったとき、「ACジャパンのCM回数」は急増した。企業がCMを自粛する際に穴埋めで放送されることが多いACジャパンのCMといえば、2011年の東日本大震災直後のテレビで頻繁に流れ、日本中が自粛ムードに包まれたのを思い出す人も多いだろう。CM総合研究所代表の関根心太郎さんが説明する。「新聞のラテ欄を見て予定視聴できるテレビ番組と違って、CMは15秒や30秒の多様なコンテンツが無作為に何度も流れてくる。ところが震災直後は、『ぽぽぽぽ~ん』の音で始まるACジャパンのCMしか流れず、生活の潤いが失われた感がありました。 その点、このコロナ禍では、重い雰囲気に包まれた世相にあっても、人々の心に寄り添い、お茶の間に刺さる好感度の高いCMが登場し、世間のムードや空気を明るくできた。それは東日本大震災での経験値を生かした賜物だと思います。CMには商品を買う気にさせると同時に、人々に楽しんでもらい、世の中を明るくする力と役割があるのです」 1989(平成元)年1月以来、同社が毎月行っているCM好感度の調べ方はシンプルだ。「あなたの好きなCMの【1】企業名、【2】ブランド名、【3】作品の情景、【4】感想を空欄の用紙に、1人当たり1~5作品を思い出して記述することで、人々がCMをどのように浴び、受容したかが浮かび上がります。2004年4月以降は、月2回・1500人ずつ別々に調査を実施。その年24回調査の合計値が年間ランキングになります」(関根さん・以下同) 東京キー局だけで1か月4000種類ものCMがオンエアされる中、どのCMが人々の関心を集めたかの結果が表れる。別掲表は、「CM好感度年間ランキング」を企業別に集計した、CM巧者・上位10社の顔ぶれだ。auの三太郎CMの強さと日清食品の斬新さは秀逸 1位のKDDIは、いちばん好感度のボリュームが高いauに加えて、UQUEENシリーズを開始して11月度にブランド初のCM好感度1位に輝いたUQモバイルや、広瀬アリスと鈴鹿央士で人気のpovoのCMとの合わせ技で首位を奪取した。「auは“三太郎”と“意識高すぎ!高杉くん”のシリーズも秀逸。特に三太郎シリーズのCMは常にヒットして人気を維持しています。2021年度はRPGの世界で鬼と戦い、話題のシンガーの楽曲を使い、コロナ禍で会えない設定や、YouTubeフィットネストレーナーにシゴかれたりと、時代に寄り添った要素を逐一取り入れた点が好評です」 2位の日清食品は、星野源らが登場する日清のどん兵衛のほか、カップヌードルやチキンラーメンなどの総合力で年間2位に上昇。「面白いのは、SNSやネットで話題のコンテンツを積極導入している点です。カップヌードルPROでは、いま話題のシンガーソングライターが楽曲を担当し、そして、そのミュージックビデオを手掛けたYouTubeクリエーターがヒヨコとネズミが主人公のアニメを担当しました。 また、カップヌードル辛麺では、クセのあるダンスをSNSに投稿して話題となった海外のダンサーを起用しています。SNSのコンテンツをテレビに逆輸入した独特の世界観で、いま間違いなくど真ん中にきています」 3位の日本マクドナルドは、個々の商品説明というよりも、マクドナルドそのものを好きになってもらうことを重視したCM作りが特徴だ。「木村拓哉さん、堺雅人さん、伊藤沙莉さん、妻夫木聡さんなど豪華タレントが次々登場するCMのほか、昨年は創業50周年で、宮崎美子さんが中学生の少女と50年後の現在の女性の2役で登場。『好きな人の前では恥ずかしくてビッグマック食べられなかった』とばぁばが当時を回顧して孫に話すCMも好評でした」 4位花王、5位P&G、6位キリンビールの3社に関しては、真摯に商品のよさを伝えているブランドが多かった。7位のソフトバンクは、常に上位の白戸家シリーズのほか、最近はY!mobileの元気なCMも人気だ。「特に芦田愛菜さんの人気ぶりは、9位リクルートのタウンワークでも注目の的。同じく子役出身の神木隆之介さんもCMで引く手あまたです。 久々にトップ10入りした10位のアサヒビールは、アサヒ生ビール(通称マルエフ)のCMで新垣結衣さんが『おつかれ生です。』と話しかけ、家飲み人気と連動して話題に。ナンバーワンブランドのスーパードライも、菅田将暉さん、中村倫也さんの出演作や東京2020大会に関連したCMで多くの支持を集めました」出稿量と好感度は必ずしも比例しないから面白い また、CM好感度がジャンプアップした躍進企業1位は、Yogibo。少ない出稿量で好感度を上げた獲得効率1位にはアイフルが輝いた。「女将がさまざまな姿で登場するアイフルのCMは面白いだけでなく、『そこに愛はあるんか?』というせりふが現代社会への問いかけにも感じられます。こうした表現が象徴するように、CMは『社会を映す鏡』なのです」 売らんかな主義にとどまらないユニークなCMの登場を今後も期待したい。※女性セブン2022年6月2日号
2022.05.26 06:15
マネーポストWEB
佐々木朗希の高校時代を振り返る(時事通信フォト)
佐々木朗希 高校最後の夏に投げさせなかった、大船渡高校監督「英断」の真実
 ロッテ3年目の佐々木朗希(20)の衝撃の快投が、絶賛の嵐となっている。メディアは大船渡高校時代、甲子園行きが懸かった試合で連投回避のため佐々木を登板させなかった指導者も称賛する。だが、当時の判断は、決して単純な“美談”として片づけられるほど、生やさしいものではなかった──。ノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。【文中敬称略。前後編の前編】 * * * 千葉ロッテの佐々木朗希が20歳という史上最年少で完全試合を達成した翌日、私は「令和の怪物」が東日本大震災以降に過ごした岩手県の大船渡市に向かった。 3月に起きた地震の影響により福島・仙台間の新幹線が不通となり、沿岸部に位置する大船渡は陸の孤島になっていた。それでも私を駆り立てたのは大船渡高校監督・國保陽平の存在だ。 教え子が完全試合に加え13者連続三振という新記録を打ち立てたというのに、國保の談話は一切聞こえてこなかった。私が学校側に問い合わせても、応対した教頭はつれなくこう答えるのみ。「もううちの生徒ではありませんから、すべてのメディアに対しコメントは出しません。國保とも電話をおつなぎすることはできません」 ただ、拒まれるほど私の足は國保に向く。2年半前もそうだった。これまでの取材のやり取りからして、私には口を開くのではとの期待もあった。 しかし、大船渡に到着し、現在も同校で外部コーチを務めている新沼丞(60)を訪ねると、衝撃の事実を知らされた。「あの騒動後、多くのクレームが学校に寄せられ、OB会からも監督の交代を求める動きがあった。それが関係しているかわかりませんが、昨年の夏をもって、國保さんは監督を辞めています。練習にも顔を出してこなかった。野球部に居づらかったのかもしれません」 私は言葉を失った。高校卒業からわずか2年あまりで達成した佐々木の完全試合は、国民的論争となった國保のあの日の決断が正しかったことを証明したとも言える。 それなのに当事者は既に監督を退いていた。 2019年の夏、佐々木を擁した大船渡は35年ぶりの甲子園を懸けて岩手大会決勝に臨んだ。ところが、花巻東との試合で國保は佐々木をマウンドに送らなかった。2対12と大敗したあと、二重三重の報道陣に囲まれた指揮官は、顔を紅潮させながら理由を明かした。「故障を防ぐためです。ここまでの球数、登板間隔、気温……投げられる状態にあったかもしれませんが、私が判断し、投げさせませんでした。もちろん、私が『投げなさい』と言えば、本人は投げたと思うんですけど、私にはその判断ができませんでした」 佐々木は前日の準決勝一関工戦で129球を投げていた。さらに4日前の盛岡四戦では延長12回までに194球を投じていた。骨端線(成長期の骨に特有の軟骨組織。骨が伸びたり太くなったりするうえで重要となる)が伸びきっておらず成長段階にあった佐々木の投球過多による故障のリスクを國保は避けたのである。 だが、佐々木の代わりに登板したのは実力的には4番手に位置づけられる投手だった。9点を奪われるまでその投手を続投させ、2年生左腕を投入した時には大勢が決していた。エースのみならず、2番手、3番手の右投手すら起用せずして、菊池雄星や大谷翔平を輩出した強豪私立にどうやって勝とうというのだ。 佐々木の登板回避は致し方ない苦渋の決断だったろう。しかし、佐々木のみならず他のナインにいっさい説明することなくオーダーを組み、かつ勝負を端から諦めたかのような采配を他のナインは納得していたのか。その疑問は拭えなかった。すべての球児が抱く甲子園の夢と佐々木の将来を天秤にかけ、後者を選んだように映った。朗希も投げたかったと思う 佐々木の女房役を務めていた捕手の及川恵介(東北学院大3年)はあの日をこう振り返る。「決勝でも僕らは朗希に投げてほしかったし、朗希もきっと投げたかったと思う。投げていたら勝算も高かったとは思います。今は冷静になって考えられますけど、決勝の日に國保先生から(先発しないことを)聞いた時はやっぱり驚きました」 2019年秋に私は岩手大会決勝における不可解な采配に疑問を投げかけると共に、甲子園が懸かった大一番に大エースを起用しなかった國保の決断によって、高校野球が「エースと心中」を是としない新時代に突入したことを拙著『投げない怪物』にまとめた。あの騒動以降、春夏の甲子園では球数制限が導入されたこともあって、エース一人に依存せず、複数の投手を起用する戦い方が主流となった。 2011年の東日本大震災後、母校である大船渡でコーチを務めてきた前出の新沼は、決勝の日の混乱をこう振り返った。「岩手県営野球場に到着して、すぐにある選手が私のもとにやってきた。『丞さん、今日の先発が誰だかご存じですか』と。選手たちには試合前から動揺が広がっていた」 國保から先発投手を告げられていた新沼は「頑張るしかないやろ」と言うことしかできなかった。「朗希が投げないことは、選手たちも納得していた。一方で、チームとして花巻東に勝ちに行く姿勢は、監督の采配からは感じられなかった」 仲間と共有した夢よりも、自身の将来が優先され、甲子園の道が絶たれた。その十字架を背負って佐々木はプロに旅立った。「まさにその通り。ですから、今回の完全試合によって、溜飲が下がったのではないでしょうか」(後編につづく)※週刊ポスト2022年4月29日号
2022.04.17 07:00
週刊ポスト
ウクライナ・キエフで、防空壕となった地下鉄駅に避難するウクライナの女性(時事通信フォト)
キエフ市民の退避先に地下鉄構内 東京の地下鉄は有事の際に安全なのか
 マットレスなどを敷き、スーツケースを広げて寝泊まりする人たちがいるウクライナの首都、キエフの地下鉄の様子をニュースなどで目にして、東日本大震災のとき、帰宅の足がなくなって仕方なく駅へ続く地下通路で一晩を明かした人が少なくなかったことを思い出した人もいるだろう。韓国・ソウルではミサイル発射の際には地下鉄へ逃げ込むよう呼びかけられているが、東京ではどうなのか。ライターの小川裕夫氏がレポートする。 * * * 2月24日、ロシアがウクライナへと侵攻。世界を揺るがす事態へと発展している。ウクライナ情勢は、原油・ガスといったエネルギー関係や穀物価格にも影響を及ぼすなど、遠い日本にとっても無関係とは言い切れない。 ウクライナの首都・キエフ(キーウ)では、ロシア軍からの攻撃を避けるため、地下鉄構内へと避難する市民もいる。そうしたニュース映像を目にすると、北朝鮮のミサイル発射で気を揉む日本でも、有事の際には地下鉄へと逃げ込むのが安全なのか? という疑問が沸く。「東京メトロの地下駅は、武力攻撃による避難場所としては想定しておりません。しかし、そのような事態が起きた場合は、人命優先の観点から地下駅構内で避難をしていただくことになると思います」と話すのは東京メトロ広報部の担当者だ。 東京都内では、東京メトロと東京都交通局(都営地下鉄)の2者が地下鉄を運行。その最深部は都営地下鉄の六本木駅地下で、深さは約42.5メートルとなっている。それでは最深部を走る都営地下鉄は、どうなのか?「東京都交通局が運行している都営地下鉄大江戸線の清澄白河駅と六本木駅には防災倉庫があります。しかし、駅をシェルターとして使用することは想定していません。あくまで火事や地震の際に一時的な退避する場所として使うという考え方です」と話すのは、東京都交通局お客様サービス課の広報担当者だ。 キエフ地下鉄は世界でもっとも深い場所を走っているとされ、最深のアルセナーリナ駅は地下105.5メートルにプラットホームがある。 キエフの地下鉄が深い場所に建設された理由は定かではないが、ウクライナが世界で二番目に核実験を成功させた旧ソビエト連邦の構成国家だったことを考えると、地下鉄が核シェルターとしての転用も視野に入れて建設されたのではないかと訝ってしまうのも不思議ではない。 他方、東京の地下鉄はキエフと比べると格段に浅い。東京の地下鉄が核シェルターとして活用できるのかは疑わしい。 それでも東京の地下鉄が核シェルターとして利用できるという噂が絶えないのは、交通局の担当者が言及した備蓄倉庫の存在があるからだ。また、大江戸線の光が丘駅は陸上自衛隊の練馬駐屯地から近く、有事の際に自衛隊が大江戸線を使って移動する訓練も実施されたこともある。 六本木駅と清澄白河駅の備蓄倉庫は交通局が管理しているのではなく、東京都福祉保健局が所管している。交通局は備蓄倉庫の中を把握していないという。そこには、何がどのぐらい備蓄されているのか?「東京都は地震や火事を想定して、東京都墨田区の都営白鬚東アパートの敷地内や立川市の立川地域防災センターなど都内20カ所に備蓄倉庫を設置しています。そこには220万人が3日間、最低限の生活を送れるように非常食・水・紙おむつなどの衛生用品などを備蓄しています。大江戸線の清澄白河駅や六本木駅に備蓄倉庫があるのは、地下鉄構内を避難場所として想定しているからではありません。あくまで、空いているスペースを有効活用するという観点からです」(東京都福祉保健局生活福祉部計画課) 昨今、コロナで消毒液などの衛生用品も備蓄の重要性は高まっている。しかし、アルコール消毒液は消防法の関係で備蓄することが難しいという。都営地下鉄が備えをしていることは、都民や東京都に在勤・在学者にとって心強い。それは東京メトロも同様のようだ。「東京メトロでは委託駅を除く171駅に、約10万人分の非常用飲料水、アルミ製簡易ブランケット、簡易マット、携帯用トイレ・救急用品・簡易ライトを配備しています。このほか、帰宅困難者受入れマニュアルを策定し、関係機関とも連携して帰宅困難者対策訓練等を実施しています」(東京メトロ広報部) 東日本大震災の発生時、東京は震度5の揺れに襲われた。各所で停電や断水が起き、オフィスや学校から自宅へと帰宅しようと考えた人も少なくない。しかし、自宅まで徒歩で帰宅するのは距離的に難しかったために、一時的に近隣の駅へ退避した人もいるのではないか? 震災直後、JR東日本は駅を閉鎖。安全のための措置だったのかもしれないが、駅が閉鎖されたことで、避難してきた都民はトイレの利用などが利用できなかった。疲れ果てた避難民が駅前に溢れて、不安な夜を過ごしている。 石原慎太郎都知事(当時)は、JR東日本の対応を烈火の如く激怒。後に、災害発生時における鉄道事業者の対応が見直されるきっかけになった。 一方、都営地下鉄は東日本大震災時に利用者の安全を確保し、それから構外へと退避させた。都営地下鉄は都内の鉄道事業者では復旧が迅速だったこともあり、「特に東日本大震災を契機に災害対応の見直しをしていません」(東京都交通局総務部安全対策課)という。 同じく、東京メトロも東日本大震災以前から同様の対応をしており、「特に、震災後に対応は変化していない」(東京メトロ広報部)という。 水害時は危険だが、火事・地震・他国からの攻撃etc、シェルターとしての活用されることを想定していなくても、地下鉄がこれだけの備えをしていることに頼もしく感じられるのは自然な心理なのかもしれない。
2022.03.24 07:00
NEWSポストセブン
卒業式“名物校長”の式辞「いま衣を脱ぐとき」「みんなはカオナシですか?」
卒業式“名物校長”の式辞「いま衣を脱ぐとき」「みんなはカオナシですか?」
 3月は卒業式シーズン。コロナ禍により、その規模が縮小したり、出席者数に制限が設けられたりすることもあるが、卒業式が人生の門出において重要な催しであることは間違いないだろう。【写真】2011年の東日本大震災の18日後、避難所の公民館で行われた大槌小学校(当時)卒業式の様子 時代とともに卒業式も変化しているが、式の核心とも言える「式辞」はどうだろうか。経験者に話を聞いた。 立教大学名誉教授・渡辺憲司さんは、定時制高校や短大、大学などの教員を経験。東日本大震災で卒業式が中止となった中高一貫男子校の校長のときに高校卒業生に向けた真摯なメッセージが、幅広い年齢層で大きな反響を呼んだ。「いまは『本校に学んだことを誇りに』といったことは言う人がいなくなり、個人個人に向けて話をしています。私が卒業式の式辞で大切にしているのは、いろいろなものを背負い込んでいる卒業生に『いま衣を脱ぐとき』と語りかけ、真剣に思いをぶつけること。ロシアがウクライナに侵攻したいまなら“非戦”の意味を問い、理想を追う教育者として、先に行く背中を見せることです」(渡辺さん) 2011年3月14日の予定だった卒業式は、3日前に起きた東日本大震災で中止になった。その際に渡辺さんが「卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。」と題して送った校長メッセージを紹介する。「誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。大学に行くとは、『海を見る自由』を得るためなのではないか。(中略)現実を直視する自由だと言い換えてもいい。中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。(中略) 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。(中略)時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。(中略)鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない」いつもの会話の延長線上で話すのが理想「校則をなくした中学校」として知られる、東京・桜丘中学校の前校長・西郷孝彦さんは、中学卒業生向けの式辞に特別な言葉は用意せず、ふだんからの声かけを大事にしているという。「ふだんからアニメの話でよく生徒と話してきたので、式辞も子供ら一人ひとりを見ながら、いつもの会話の延長線上で話すのが私の理想です。卒業式の主役は子供たち。形はどうであれ、彼らにかかわった大人から感謝が伝えられればいいのです」(西郷さん) 校長室を開け放し、ふだんから子供たちとオープンに話してきた西郷さん。自身の退任とも重なった2020年3月の最後の卒業式でも、“ジブリ”の話を引用し、次のような優しく深いはなむけの言葉を贈った。「入学式で先生がした話、覚えているかな? 映画『千と千尋の神隠し』で千尋がカオナシと一緒に電車に乗る話です。途中の駅で千尋が大人になる瞬間があったよね。その瞬間が見たくて先生になったんだって。カオナシは顔がないから、笑ったり泣いたり、怒ったりできないんだよ。カオナシを見ていて、先生はかわいそうだなと思っちゃう。みんなはカオナシですか? 違うよね。笑いたいときは笑うし、泣きたいときは泣く。カオナシではありません。でも、もしかすると、ここに入学したときはカオナシだったかもしれない。きみたちにとって、まだよく知らない先生たちもカオナシに見えたかもしれない。ですが卒業する今日は、みんな自由に自分の思いや感情を顔や体全体に表せる人になったとうれしく思っています。今日でお別れですが、3年間、本当にありがとう。(中略) 新型コロナウイルスがこうして流行り、いちばんつらいのは“会いたい人と会えないこと”だと思う。(中略)だから出会いを大切にしましょう。一生のうちで会える時間は、本当に短い。どんなに長くても100年はない。一緒にいられるのはせいぜい60年かな。今日あと少し、思い切り楽しんで、そして卒業してください」 1925年に創立して以来、社会で活躍する女性を育て続けている品川女子学院(以下、品女)。その理事長である漆紫穂子さんは、次のように語る。「かつての女子校は一般的に良妻賢母教育が中心でしたが、品女では大正の建学時からキャリア教育を採用し、現在は出産や育児も視野に入れたライフデザイン教育を提唱しています。昨年の卒業式では、真珠湾攻撃の際、アメリカに、日本との開戦に反対した1人の女性議員がいた話を紹介しました。意思決定層に女性が30%を占めれば、戦争は防げたかもしれないという話です」【プロフィール】渡辺憲司さん/自由学園最高学部長、立教新座中学校・高等学校校長など歴任。著書に『生きるために本当に大切なこと』(角川文庫)ほか。西郷孝彦さん/世田谷区立桜丘中学校前校長。インクルーシブ教育を軸に、校則等の廃止、ICT活用等を実践。現在は講演活動で日本中を飛び回る。著書に『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』(小学館)が。※女性セブン2022年3月31日号
2022.03.21 16:15
マネーポストWEB
(写真/時事通信社)
大地震発生、もしも遠方で被災したら…「混乱を避けて無理に帰宅しない」が正解
 いつどこで発生するかわからない大地震。外出先で被災し、帰れなくなってしまうことも十分に考えられる。実際に東日本大震災では、首都圏で公共交通機関が止まり、約515万人が当日中に自宅に帰れない“帰宅困難者”になった。そういったときのことも事前に考えておくといいという。災害危機管理アドバイザー・和田隆昌さんはこう話す。「大勢が移動すると転倒事故が起き、道路にまで人があふれて救急活動の妨げになります。東京都は条例で、災害時はむやみに移動しないよう呼び掛けているほど。ですから私なら、災害時に一時滞在場所となるJRや地下鉄の駅にとどまるか、自治体が指定している学校や大型オフィスビル、ホテルなどの“指定避難所”に身を寄せます。これらの場所では、水や毛布なども支給されます」 被災直後の混乱時は、余震の危険性も高いため、無理して帰らず、安全が確保された場所で状況を見守るといい。「いずれにせよ、最低限の防災グッズを持ち歩くことが大切です。私はいつも、ペットボトル(水)、スマートフォンの充電器、助けを呼ぶための笛を持ち歩いています」(和田さん) 特にスマホは、情報収集や懐中電灯としても使える。バッテリーは必ず常備を。海の近くで地震が発生したらどうすればいいのか 防災アドバイザーの高荷智也さんが説明する。「海の近くにいる場合、大地震発生から早くて数分で津波が襲ってきます。私なら、揺れが収まったらすぐ、高台や丈夫なコンクリート造のビルの高層階、津波避難ビル(別掲イラストのマークのついたビル)や津波避難タワーなどの津波避難施設【*】を目指して移動します。津波避難は、距離より高さ。遠くへ行くより高い場所を目指します」【*津波による浸水が想定される地域に設置された建物。地震発生時に住民が一時的、もしくは緊急に避難・退避するための施設。2018年時点で津波避難ビルは全国に1万4903棟、津波避難タワーは427棟ある】エレベーターの中で… 多くのエレベーターは、震度4以上の揺れを感じると緊急停止する。東日本大震災では、エレベーター内の閉じ込めが210件発生(国土交通省発表データより)。救出まで最大9時間以上かかったケースもあった。「私なら、緊急地震速報が鳴ったら、行き先階のボタンを全部押します。最寄りの階に停止したらすぐに出て、揺れが収まったら階段で避難します」(エレベーターメンテナンスの「i−tec24」代表取締役・岩本由起子さん) もし閉じ込められたら、外部に知らせることが急務だ。「エレベーター内にある非常用ボタンを長押しし、外部につながったら状況を知らせます。つながらなければ、エレベーター内に貼られている電話番号に連絡。それも難しければ、私は鉄製の笛を常備しているので、笛を吹くか、笛でエレベーターのドアを叩いて外部に知らせます。缶などの金属物で扉を叩くと音が響き、外部に伝わりやすいんです」(岩本さん) 閉じ込めは長時間に及ぶ可能性もあり、大声で叫んだり、ドアを叩くのは体力が消耗するのでNGだという。大規模商業ビルなどは、エレベーター内に水、ラジオ、簡易トイレ、毛布などが入った「防災キャビネット」が設置されている。命を守るためにも迷わず使おう。地下街にいるときに…「地下は地上よりも地震の影響を受けにくいので、慌てずにその場で揺れが収まるのを待ちます。地下街には非常電源もあり、『通路誘導灯』(『非常口』と書かれた、背景が白色の誘導灯)が避難経路を明示しています。とはいえ、火災や換気面でのリスクがあるため、揺れが収まったら、誘導灯を目印に地上に出て、より安全なスペースへと移動します」(和田さん)取材・文/桜田容子 イラスト/尾代ゆう子※女性セブン2022年3月24日号
2022.03.15 11:00
女性セブン
追悼・西郷輝彦さん 自宅、家族、コンサート…写真で振り返る芸能生活
追悼・西郷輝彦さん 自宅、家族、コンサート…写真で振り返る芸能生活
 出棺のとき斎場は参列者たちの『星のフラメンコ』の歌声に包まれた──。2月20日、前立腺がんで亡くなった西郷輝彦さん(享年75)。晩年はがん闘病の日々を送り、最先端治療を受けるためにオーストラリアに渡るなど生きることを諦めなかった。75年の西郷さんの功績を『女性セブン』秘蔵写真とともに振り返ります。●1968年 自民党にて 西郷さん自身に政治家経験はないが、この年に自民党がスポンサーを務め、日比谷公会堂で開かれた「若人の歌」の発表会に出席。スーツ姿で颯爽と現れた。●1969年 自宅にて 東京の郊外に6000万円(当時)の自宅を構えるも、不便なことから都内の2LDKのマンションに移り住んだときに本誌の取材カメラが捉えた。自宅の中にカメラが入れた貴重な取材だった。●1972年「西郷リサイタル」 イタリアの歌手で女優のミルバさん(享年81)は、日本では『愛のフィナーレ』などのヒット曲で知られる。西郷さんとは、リサイタルで共演した。●1974年 ドラマ『どてらい男』 若き成年モーヤンこと山下猛造が商売の世界で一旗揚げようとする物語で、最高視聴率は35.2%を記録。この作品のために、公開断髪式が行われ短髪の凜々しい印象に。●1977年 家族でお宮参り 長女の辺見えみりを腕に抱きながら幸せいっぱいの表情。西郷さんは、2人の妻との間に1男4女を授かり、子宝に恵まれた。●2003年「西郷輝彦芸能生活40周年記念コンサート」 節目のコンサートに“御三家”の1人である、舟木一夫が駆けつけた。また長男でミュージシャンの辺見鑑孝はピアノを演奏し、会場を沸かせた。●2011年「サンミュージック×サンシャインシティ 東日本大震災チャリティーイベント」 東日本大震災のチャリティーイベントに芸能プロダクション・サンミュージックのタレント総勢129名が集結。西郷さんは、イベント時に制作された色紙に「朝の来ない夜はない陽が登らぬ空はない」と綴った。●2013年「日本クラウン創立50周年記念コンサート」 老舗レコード会社日本クラウン所属の北島三郎をはじめ、歌手35人が創立50周年を祝った。西郷さんは代表曲である『星のフラメンコ』を熱唱した。●2019年ドラマ『ノーサイド・ゲーム』制作発表イベント 大泉洋が務めた主人公・君嶋隼人が勤務するトキワ自動車の社長役を演じた。TBS日曜劇場出演は、約24年ぶりのことだった。写真/女性セブン写真部※女性セブン2022年3月17日号
2022.03.07 19:00
女性セブン
(宮内庁提供)
62才になられた天皇陛下 生まれてから現在までの歩みを振り返る
「もう還暦ではなく、まだ還暦という思いでおります」──60才の誕生日を迎えられる前の会見でこのように天皇陛下はお気持ちを述べられた。それから2年が経ち2月23日に62才のお誕生日を迎えられた。陛下が生まれてから現在に至るまでの歩みを振り返ります。●1960年「天皇陛下誕生」 美智子さまに抱かれながら宮内庁病院を退院される陛下。生まれたこの年は、日本でカラーテレビの本放送が開始された年でもあった。●1964年「幼稚園入園」 アジア初の東京オリンピックが開催された年に、学習院幼稚園にご入園。美智子さまに手を引かれながら入園式へと向かうときにどこか不安げな表情を浮かべられている。●1980年「成年式」 宮中三殿の参拝を終え、宮殿にお着きになった陛下。数日後には、成年を記念したお茶会が開かれ、皇太子ご夫妻(当時)と出席者とともに乾杯されるなど盛大に祝われた。●1988年「第70回全国高校野球大会始球式」 幼少期から野球少年であった陛下が、甲子園のマウンドで躍動。陛下だけでなく、雅子さまは学生時代にソフトボール部に所属されるなど、天皇ご一家には球技に縁があるようだ。●1993年「ご成婚パレード」「皇室に入られるということには、いろいろな不安やご心配がおありでしょうけれども、雅子さんのことは、ぼくが一生全力でお守りしますから」とプロポーズの言葉を送られた陛下と雅子さまのパレードには約19万人が集まった。●2011年「東日本大震災・避難所ご訪問」 日本列島を襲った東日本大震災では、埼玉・三郷市の避難所をご訪問。膝をつきながら被災者に励ましの言葉をかけられた。●2002年 「天皇ご一家で湿原を散策」 沼原湿原をご一家で散策された際のお写真。陛下の背中には、白い帽子にシャツ姿の愛子さまが楽しそうに手足をバタバタさせている。●2019年 「即位礼正殿の儀」 即位した天皇が、日本の内外に即位を宣明する即位礼正殿の儀に臨まれた。180か国以上の国々の代表が駆けつけた中で、立派にお役目をはたされた。※女性セブン2022年3月10日号
2022.02.24 07:00
女性セブン
悪戦苦闘した3月の世界フィギュアでの映像に羽生の寛大対応
羽生結弦が貫く“スケート・ファースト” 怒りや悲しみはスケートに昇華
 日本が、そして世界が注目する戦いがいよいよスタートする。男子フィギュアスケートで羽生結弦(27才)が3連覇に挑むが、ここに至るまでには幾多の困難が立ちはだかった。羽生の人生におけるターニングポイントはどこだったのか。(全5回の第4回) 誰よりもきめ細かい心を持つ羽生の、スケート人生を変えた出来事がある。2011年の東日本大震災だ。震災発生当時、羽生は仙台のスケート場で練習に励んでいた。足元の氷が大きく揺れ、リンク横の壁が崩壊するなか、四つん這いでその場から逃げ出した。一家は避難所での生活を余儀なくされ、1つのおにぎりを家族で分け合った。倒壊したリンクは閉鎖され、それまでの日常を失った羽生はスケートをやめることも考えた。《もうスケートはいいんだ、と思いました。『こんな地震が起きちゃったんだし、僕はもうしょうがない。こんな苦しい思いをしたうえに、スケートで苦しい戦いなんて、もうしなくていいよ。普通の高校生になって、普通に生活したいよ』ってすごく思った》(『蒼い炎』より) だが、羽生をよみがえらせたのもまた、スケートだった。震災復興支援のチャリティーアイスショーの出演依頼を受けた羽生は、「リンクに立って、皆さんに滑りを見てもらうことで被災地の復興を支援したい」と参加を決める。都築章一郎コーチを頼りに、母親とともに神奈川・横浜にあるスケートリンクに泊まりがけで通って練習に励み、全国各地で行われた約60回に及ぶアイスショーに出演した。 ハードスケジュールで体力が持たず、ベストを出し切れなかったこともある。しかし、ひとりでリンクに出て、声援を浴びると、「どんなことがあっても滑り続けたい」という気持ちが湧いたという。 全国行脚中、あるアイスショーで、羽生は珍しくミスをした。すると演技終了後、羽生は舞台裏でうずくまり、何事かをブツブツとつぶやいた。その顔には自分への怒りがにじみ、肩は震えていた。その日のフィナーレで再び出番が回ってきた際、羽生は当時まだ完全に自分のモノにしていなかった4回転トーループに果敢に挑み、見事に成功させた。ソチ五輪ペア日本代表で、大会やアイスショーの遠征で羽生と行動していた高橋成美さん(30才)はいう。「ゆづはいつも、疲れていてもけがをしていても、本番はビシッと決めてくるんです。だから、“ゆづでも失敗するんだなあ”と意外でした。もちろん誰も責めたりなんかしないのに、ひとりでうずくまって悲しんでいて。その怒りや悲しみのエネルギーを意味のない方向ではなく、スケートにぶつけて昇華させるところはすごい」(高橋さん) 被災体験を経て、フィギュアスケーターとして心身ともに成長した羽生は2012年に練習拠点をカナダ・トロントの「クリケットクラブ」に移す。バンクーバー五輪金メダリストのキム・ヨナ元選手も育てたブライアン・オーサーコーチに師事した。迎えた2014年2月のソチ五輪。羽生は公式大会史上初の個人ショートプログラムで100点超えを果たし、アジア男子初の金メダルを獲得した。 その後も進化は止まらない。同年の世界選手権で初優勝すると、翌2015年には歴代最高得点を更新してグランプリファイナルを3連覇した。一般の若者なら遊びたい盛りの20才前後の時期に、自宅とリンクを行き来するだけの生活を送った。見かねたオーサーコーチが、雑誌のインタビューでこんなことを語ったほどだ。「劇場に行くのもいいし、もっと人生を楽しんでほしいと思うんです。休みらしい休みを取ったこともないかなと思うので、もっと冒険を追求するかたちで人生を生きてほしい」 それでも羽生の「スケート・ファースト」の生きる道は揺るがなかった。「“ムダな時間”を過ごしたことがあるのかな?って思います。だけど、普通の若者がやるようなことを“諦めた”のではなく、スケートを超えるものに出会わなかったのではないでしょうか。私もスケートは大好きだけど、彼のスケート好きにはかないません」(高橋さん) そんな羽生に、スケートの神様は試練を与える。平昌五輪を目前に控えた2017年11月、NHK杯の公式練習中に転倒し、「右足関節外側じん帯損傷」と診断された。当初は3〜4週間ほどで元に戻るとの診断だったが、腱と骨にも炎症があったため、回復に時間を要した。 そして、その3か月後の2018年2月、痛み止めをのみ、ぶっつけ本番で臨んだ平昌五輪の舞台。ショートプログラムですべてのジャンプを完璧に決め、フリーでは演技構成点トップを叩き出し、2大会連続の金メダルを獲得した。この偉業は海外メディアでも大きく取り上げられ、羽生は世界のスーパースターの地位を不動のものにした。 帰国後、地元仙台で行われた凱旋パレードでは、約10万8000人が祝福し、個人では史上最年少となる国民栄誉賞も受賞した。大会後のインタビューで羽生はこう語っている。「(金メダルは)いろんなものを犠牲にして、がんばってきたごほうび」(第5回に続く)※女性セブン2022年2月17・24日号 ネックレスが注目を集めたことも(Ph:Getty Images) 写真20枚
2022.02.07 07:00
女性セブン
『さようなら、エデン。』のワンシーン
コロナ禍を経て変化する“昼顔妻”たちの新しい「不倫」のかたち
 上戸彩主演のドラマ「昼顔~平日午後3時の恋人たち~」の大ヒットから8年──当時、流行語大賞にもノミネートされ、社会現象となった「昼顔妻」。夫と子供のいない平日午後に不倫をする妻たちは、その後、どんな変化をしているのか。「不倫はここ10年でカジュアル化し、それは大きな2つの出来事が関わっています」 長年、現代女性の恋愛や婚活事情を追い、『不倫女子のリアル』など多数のヒット本を出した沢木文氏はこう語る。「ひとつめはスマホの普及。SNSやマッチングアプリで出会いの場が増えました。自宅にいながら、恋愛相手を探すことができるのです。出会った相手とは、LINEなどのアプリを使えば、容易にやり取りできます。メールや電話はビジネスでも使うので不倫相手との連絡に使うにはハードルがありました。しかし、トークアプリならリスクが少なく会話ができます」(沢木氏) Twitterなどによる不特定多数とのつながりはもちろん、Facebookを利用すれば元カレや過去の同級生などと簡単に連絡が取れるようになった。「ふたつめはやはりコロナ禍です。2011年、東日本大震災が起きたときにも似たような変化がありました。未曽有の災害を目の当たりにし、“これからは自分の好きなように生きたい”と考える人が増えました。震災後には様々なデマが一気に広がり、死を本気で考える人も多かった。そのときに、“夫(妻)以外の人とも恋愛をしてみたい”と願い、実行する人が増えたのです。コロナ禍でも同様の現象が起き、例えば会社の部署に感染者が出て、部署ごと隔離された中で、後輩男性と肉体関係を持った、という女性も見受けられました」(同前) しかし、東日本大震災後とコロナ禍とでは、微妙な違いも見受けられるという。「最近は、高学歴で高収入な男性よりも、穏やかで心地いい男性に癒してもらいたいという傾向が見て取れます。 コロナへの対策がある程度わかってきてからは、“話を聞いてくれる優しい男性”との不倫が増えました。コロナ禍では『他人と会うこと』がリスクになっているので、夫の在宅などで息苦しさを感じている妻たちは、話を聞いてくれて自分を満たしてくれる人を選ぶんでいるようです」(沢木氏)ダンナのことは大好きだけど、色んな男を味わいたいの 一方で、「深入りしない」というスタンスも見てとれるという。ドラマ『昼顔』」の上戸彩のように、家庭や自身の人生まで狂わせるような不倫は近年は流行らないらしい。「コロナ後は、全体的に安・近・短の傾向が強まっています。例えば、リモートワーク用に使っていたホテルで、年下の部下を呼び、打ち合わせ中に関係を持った41歳女性。アプリで知り合った15歳年下の大学院生と低山登山を楽しんだ後に彼の家で関係を持った39歳女性。そして子供の野球クラブで知り合った8歳年下のパパ友と不倫関係になった34歳女性などもいました」(同前) 年下男性が目立つようだが、これにも理由があるという。沢木氏が続ける。「私が話を聞いた“不倫相手の年下男性”の共通点は、“共働き夫婦かシングルマザーの息子”であること。働く母が当たり前であり、仕事する女性への共感もある。そんな男性にとっては仕事をする年上の女性から声をかけられると、優しい言葉を返すのが当然です。そうして深い関係になっていくケースが多いように思えます」「妻の不倫」をテーマにした漫画も話題になっている。『さようなら、エデン。』(妻プチ連載中)という作品には、奔放に不倫を愉しむ人妻・沙和が登場する。「沙和にはモデルが居るんです」と語るのは、作者・わたなべ志穂氏だ。「仮称“沙和”のままにしておきますが、現実にいる沙和は自他共に認める年下好きで、夫は3歳下のイケメン。2人の子供にも恵まれ、家庭は極めて円満です。でも11歳下の彼氏もいるんです」(わたなべ氏。以下同)〈ダンナのことは大好きだけど、色んな男を味わいたいの。アヒージョ好きだけど海老だけじゃなくて砂肝も食べたい、そんな感じ?〉とは、漫画の中で沙和が語るセリフだ。「でも、現実の沙和は、さぞかし奔放な魔性の女かと思えばそうではないんです。容姿は“ちょっと可愛い”程度。自称『でも胸が大きくて、なんかヤれそうな女って感じ?』だそうで。そして、『誰でもいいわけじゃないの。私はダンナも彼氏も真剣に愛してる』と言い切るんです」バレたときの慰謝料も準備 現実の“沙和”さんは夫に内緒で株取引もしているそうだが、不倫がバレたときの慰謝料のためだそうだ。「『不倫をしている自分が悪い』という自覚はあるらしく、万が一バレた時は親権も夫に渡すつもりだそうです。でもバレなければ、それは将来の家庭の資金となる。なんというか、徹底してますよね。そして『自分が悪い』とは言っていても、驚くほど前向きなのです」“沙和”さんのように徹底した女性はまだ少ないかも知れないが、彼女たちの「年齢」にも鍵があるとわたなべ氏は言う。「この物語の主人公たちは、38歳。女性は大抵35歳まで余裕があると思うんです。でも、35歳を越えて40歳に近づいていく時、急激に体力が落ちていくし、子供を産めるかどうかの分水嶺もやってくる。親も老いて、関係性が変わってくる。介護が目の前に迫り、今までなあなあにしていた親との関係性が浮き彫りになる。自分を含め、私の周りを見ても、40歳手前で“もう女として人生最後のチャンスだ、今動かなければ”と思って何かに走る女性は非常に多いのです」 そのタイミングで、久しぶりに自分を「女性」として扱ってくれる男性が現れたら──。 コロナ禍によって家族、夫婦の時間が増えた結果、仲が深まる夫婦もいれば、不仲が露呈し「コロナ離婚」も増えている昨今。「安・近・短」で気軽に不倫に走ることができてしまう環境の中、夫婦がいい関係を続けられるかどうか。不安な人は、パートナーとの関係を見つめなおすべきかもしれない。各電子書籍ストアで試し読み79ページ公開中!
2022.01.08 16:00
NEWSポストセブン
(共同通信社)
スーパー南海地震と富士山噴火 同時発生なら静岡県で死者7万人超の予測
 小栗旬(38才)主演のドラマ『日本沈没』(TBS系)は12月12日に最終回を迎えるが、その予告映像には、富士山が噴火するシーンが映し出された。これがドラマのなかだけでなく、現実の世界で起こる日が近づいているという。「富士山は50~100年間隔で噴火を繰り返してきた活火山です。前回の1707年の宝永噴火からすでに300年以上が経過しており、いまはいつ噴火してもおかしくない“スタンバイ状態”にある」 そう話すのは火山学者で京都大学名誉教授・特任教授の鎌田浩毅さんだ。しかも、南海トラフ地震が引き金になる可能性があるという。前回の噴火も、南海トラフ地震が影響していると考えられている。「宝永噴火の49日前に、南海トラフ沿いが震源地とされる、M9クラスの巨大地震が発生しています。火山は巨大地震によってマグマだまりが揺らされると、周囲に割れ目が生じ、マグマが噴き出すことで噴火します。富士山はM9クラスの地震で噴火すると考えられてもいます。次に発生する南海トラフ地震はM9.1と予想されていますから、誘発される可能性は充分にあるといえるでしょう」(鎌田さん) 前回は約200年ぶりの噴火だった。現在はその噴火から、300年以上が経過している。これは、前回以上のマグマがため込まれていることを表しているという。 2021年3月、2004年に富士山火山防災対策協議会が作成した「富士山ハザードマップ」が17年ぶりに改定された。 主な変更点を見ると、想定されるマグマ(噴出する溶岩)の量が約2倍に増加。噴出地点も44か所から252か所に変更され、想定よりも市街地に近い場所にもあることがわかった。溶岩流が到達する地域も、静岡県と山梨県の2県15市町村とされていたが、神奈川県を含む3県27市町村に拡大された。 溶岩の量が増えれば、流れる速度も速くなる。10時間かかると考えられていた山梨県富士吉田市や静岡県富士宮市の市街地には、約2時間で溶岩流が到達すると改められた。 改定は避難計画を策定する基礎資料として、より精度を高める目的で行われたが、富士山噴火の被害が想定よりもはるかに大きいことも明らかになった。 南海トラフ地震の発生で、南海トラフの北東側にある震源域「相模トラフ」が連動し、巨大地震“スーパー南海地震”」が発生する危険性も囁かれている。もしもスーパー南海地震の直後に富士山が噴火したら、日本はいったいどうなるのか。シミューレーションした。津波火災が街をのみ込む 2021年12月×日。静岡県沖の南海トラフを震源とする、マグニチュード9.1の巨大地震が発生。沿岸部では警報が鳴り響き、緊急放送が津波の接近を知らせている。 そして地震発生からわずか4分後に津波が到着し、徐々に高さを増していく。 東日本大震災では最大で高さ16.7mの津波が発生し、甚大な被害をもたらした。だが南海トラフ地震では、その2倍を超える34m級の巨大津波が予想されている。「静岡県では浜松市、静岡市、焼津市など、沿岸部の都市はほぼ全域が水没するとされています。県内だけで約32万棟が被害を受け、7万人以上の死者が出ると想定されています」(名城大学特任教授で海岸工学が専門の川崎浩司さん) 惨劇はこれに終わらない。 南海トラフ地震発生の数時間後、今度は首都圏が突き上げるような激しい揺れに襲われた。南海トラフ地震と連動して、相模湾を震源とする相模トラフ地震が起きたのだ。 津波も発生して、東京湾に侵入する。神奈川県の横浜市や川崎市、千葉県の海沿いにある工業地帯をのみ込んだ。 沿岸にある石油タンクが激しい炎を上げて燃え上がり、その火が“津波火災”となって、沿岸部にある都市を襲う。水につかった車の電気系がショートして、ガソリンに引火。津波火災が連鎖して、街を破壊しながら奥へ奥へと“進撃”を続ける。 隅田川が津波で氾濫し、東京の下町エリアも完全に水に沈んでしまった。 スーパー南海地震によって、東京、名古屋、大阪をはじめとする都市機能は完全に麻痺してしまった。津波は太平洋側の西日本を襲い、新幹線や鉄道、高速道路などの交通網も寸断され、流通がストップ。電気や水道、ガスも復旧せず、災害援助物資さえなかなか届かない状態が続いた。火山灰はガラスの破片 数か月後、ようやく復興への動きが始まった矢先、追い打ちをかける大災害が発生する。地震ではない。300年間マグマをため込んだ富士山の大噴火だ。 噴火と同時に火砕流が発生し、高温の火山灰が時速100kmの速さで周囲の街を襲う。その後、900℃を超える真っ赤な溶岩流が、復旧作業中の山麓の街をのみ込んでいく。一部は東名高速道路のルートをなぞるように流れ、神奈川県に向かっている。 火口から巨大な噴煙が上がっている。偏西風に乗った火山灰が都心にも届き始めた。まだ日中なのに辺りは暗くなり、家々は明かりをともし始める。だがそれも束の間、街中の電気が一斉に消えた。「火山灰が火力発電所のタービンに入り込んで、タービンを止めてしまう。それにより電力供給が完全にストップして、停電が発生します。精密機器に入れば誤作動を引き起こし、通信網などが使えなくなる。上水道を汚して水が飲めなくなるうえ、下水道も詰まって使えなくなるでしょう」(鎌田さん) 健康被害も予想される。火山灰はサラサラしているが、その“正体”は、マグマが微粒子になった薄いガラスの破片。少量でも鼻や喉に入れば傷をつける。目に入って角膜が傷つけば、場合によっては失明する危険性もあるという。 交通網への影響も深刻だ。仮に鉄道が復旧していても、レールの上に火山灰が1mm積もるだけで、鉄道は運行できない。東京や千葉でも、2cm程度の火山灰が積もると予測されている。「火山灰がエンジンに入るとジェット機も飛べません。東海道新幹線や東名高速道路が寸断されていることに加え、飛行機も飛べなくなるので、物流と人の流れが止まります。火山灰は大量に降ると1か月くらい舞い上がっているので、火山灰を除去する作業が1か月以上も続くことになります」(鎌田さん) 火山灰が舞うなかで自衛隊のヘリも飛ぶことができず、復旧作業は一向に進まない。 そうこうしている間に、地震の揺れにも耐えた建物が、次々に倒壊するという問題が各地で発生し始めた。「火山灰は重く、10cm積もると1平方メートル当たりの重さは90kgから180kgにもなる。鉄筋コンクリートの建物ならまだしも、木造住宅では重さに耐えきれずに、倒壊する危険性があります」(地震学者で武蔵野学院大学特任教授の島村英紀さん) 津波が引いていない地域では、火山灰が水分を吸収した重い泥で埋めつくされ、「もう住めない」と復旧を諦める人が続出するかもしれない。『日本沈没』で描かれたような惨劇が日本を襲う日は、すぐそこまで来ている──。※女性セブン2022年1月1日号
2021.12.10 16:00
女性セブン
(時事通信フォト)
南海トラフ地震 「相模トラフ」と連動なら死者50万人近くの予測も
 30年以内に発生する確率は80%と予測されている「南海トラフ地震」。地球物理学者で武蔵野学院大学特任教授の島村英紀さんはこう説明する。「フィリピン海プレートは、ユーラシアプレートの下に毎年数cmの速度で潜り込んでいます。その動きによってひずみが蓄積していき、やがて限界に達してユーラシアプレートが跳ね上がると、長年危惧されている『南海トラフ地震』が発生します」 南海トラフ地震が、さらなる巨大地震に発展する危険性も指摘されている。関東地方の南方沖には、南海トラフと同じフィリピン海プレートの境界に「相模トラフ」がある。南海トラフの東端のすぐ近くに位置しているため、南海トラフ地震が相模トラフ地震を誘発し、地震が連動する可能性があるというのだ。立命館大学・環太平洋文明研究センター特任教授の高橋学さんはこう話す。「南海トラフ地震と相模トラフ地震が連動するのが、『スーパー南海地震』です。被害は太平洋側の茨城県沖から沖縄県、さらには台湾まで広範囲に及びます。M8.5クラスの巨大地震が立て続けに発生すると考えられます」 実際、過去には地震が連動した例がある。 1854年、まずM8.4の「安政東海地震」が南海トラフの東側で発生。その約32時間後に、西側で同じくM8.4の「安政南海地震」が発生している。「政府は南海トラフ地震の死者数を約32万人と推測していますが、南海トラフ地震と相模トラフ地震が連動して、M9クラスの『スーパー南海地震』が発生した場合、私の試算では50万人近くの死者が出ることになる。その大半は津波によって犠牲になることが予想されます」(高橋さん) 東日本大震災による死者数は約1万6000人。その30倍以上の犠牲者を出すことになるという。 南海トラフ地震の場合だが、静岡県や高知県では津波の高さが最大で30mを超えると予想されている地域もある。これは一般的なビルの9階ほどの高さに相当する。東日本大震災の津波の高さは最大で16.7mだったことを考えると、その大きさがわかるだろう。 津波の到達の速度にも危険が潜む。政府が発表している津波の想定の中には、高知県の土佐清水市に地震発生からわずか4分で34mの津波が到達するという試算もあるのだ。冷蔵庫やテレビが窓を突き破る スーパー南海地震が発生すれば、街は一変する。 立っていられないほどの大きな揺れが続き、高層ビルはまるで風になびく木のように左右に揺れ続ける。高層階の揺れ幅は5mにも及び、冷蔵庫やテレビなどの重い家具はガラス窓を突き破って、空を舞う。 そうこうしているうちに、高橋さんが50万人の死者が出る最大の原因と予測する巨大津波が押し寄せる。 銀座や東京駅などのエリアは地下街や地下鉄が多く、水が流れ込めば、水圧でドアが開かなくなり、地上に逃げ出すことも困難になる。たとえ10cmの津波でも、水が階段を流れ落ちてくる力に抵抗して階段を駆け上がることは容易ではない。30cmを超えると、若い男性でも抵抗できないといわれている。 津波は、新幹線や高速道路といった交通網を遮断する。「いま危険度が高まっている浜名湖の中には、弁天島という小さな人工島があり、そこを東海道新幹線や在来線、東名高速が走っています。同じく、富士市の浮島ヶ原という地域にも新幹線と東名が通っていますが、これらは津波がきたら被害を受ける場所とされています。そうなると新幹線も高速道路もストップしてしまい、復旧するまで何か月もかかるでしょう。 古くからある日本の新幹線や高速道路というのは、津波のことを考えずに造られてきました。近年は〝それではまずい〟ということで、現在建設中の第二東名(新東名高速道路)は、津波がこない高さに造られることになった。スーパー南海地震の危険度が高い静岡県から、工事が始まっています」(高橋さん) スーパー南海地震は、悲劇を繰り返す可能性もある。「静岡県西部に位置する御前崎の海際には、中部電力の『浜岡原子力発電所』があります。浜名湖のすぐ隣に位置するので、当然ここも危険エリアに含まれる。巨大な津波が原発を襲えば、東日本大震災のような悲劇が繰り返されるかもしれません。 しかもいまの季節は北西季節風が吹いていて、御前崎から東京方面に向かって風が吹いています。もし浜岡原発で事故が起きたら、放射能が首都圏方向へ流れていくことになります」(高橋さん) 未曽有の大災害はいつ起きてもおかしくない。防災グッズの準備や避難経路の確認など、できる限りの備えをしておくことが大切だ。※女性セブン2021年12月2日号
2021.11.21 07:00
女性セブン
沖縄県国頭村の辺士名漁港に漂着した大量の軽石(共同通信社)
九州、沖縄沿岸の軽石大量漂着 大地震との関連性はあるのか
 昨日まで真っ青に透き通っていた海が、今日突然、灰色に染まる。波までが白と黒のうねりになった。しかし翌日、その灰色はどこかに消え、また青い海が戻ってくる──。8月13〜15日にかけて、小笠原諸島の海底火山「福徳岡ノ場」が噴火した。それに伴い発生した軽石が、沖縄県や九州地方の沿岸に大量に漂着。海岸を埋め尽くし、異様な光景を出現させた。地球物理学者で武蔵野学院大学特任教授の島村英紀さんが解説する。「今回の福徳岡ノ場の火山噴火は、戦後最大級の規模といっていいでしょう。噴火によって噴出した軽石は1億~5億立方メートルと推計されます。1億立方メートルでも東京ドームの容積の80個分にあたります」 立命館大学・環太平洋文明研究センター特任教授の高橋学さんも、驚きをもってこう話す。「今回ほどの大量の軽石出現は、約2000年前の瀬戸内海沿岸などの遺跡から確認することはできますが、最近ではあまり例がありません」 この事態を受け、2人の専門家は、「大量の軽石の漂着は、日本を襲う巨大地震の前兆だと考えられます」と話している。 日本列島は、「太平洋プレート」「北米プレート」「フィリピン海プレート」「ユーラシアプレート」の4枚のプレートがぶつかり合う上に位置している。火山の噴火や地震は、これらのプレートの動きによって引き起こされる。「福徳岡ノ場の噴火は、フィリピン海プレートの下に太平洋プレートが潜り込むことで、フィリピン海プレート内部のマグマが圧縮されて噴火したと考えられます。これは太平洋プレートの動きが、活発化していることを意味しています」(高橋さん) つい最近、この太平洋プレートを起点にして、地殻変動に重大な異変が起きていたという。高橋さんが続ける。「太平洋プレートは、北米プレートの下にも潜り込んでいます。人工衛星による地殻変動のデータを見ると、東日本大震災(2011年)以降、北米プレートは太平洋プレートに巻き込まれるような形で『西から東』に動いていました。 しかし、福徳岡ノ場が噴火した8月半ば頃から、その動きが変化しました。北米プレートやフィリピン海プレートなどが太平洋プレートに押されるような形で、『北東から南西』に、それまでとは異なった移動を始めたのです」 この異変は9月末頃まで続き、10月に入ると従来の動きに戻り始めたという。「過去の例から言うと、地殻変動に何らかの異常な動きが起きてから、約2か月後に大きな地震が起きることが多い。 たとえば、東日本大震災、阪神・淡路大震災(1995年)、熊本地震(2016年)のときも、発生の2か月ほど前に似たような地殻変動の異変が見られました。 45~80日間という幅はありますが、この期間は経験上、『空白の60日』と呼ばれ、大地震の危険が迫っている時期といえます。つまり、今年の8月半ばから9月末にかけて異変があったわけですから、12月末までに巨大地震がくることは、充分考えられます」(高橋さん)首都圏での大地震リスク 10月7日22時41分、首都圏を大きな地震が襲い、東京都足立区や埼玉県川口市などでは震度5強を観測した。東京23区内で震度5強の揺れを観測したのは、東日本大震災以来10年ぶりのことだった。 電気や水道などのライフラインが打撃を受け、エレベーターは約7万5000台が停止して多くの人が閉じ込められ、マンホールからは水が噴き出した。鉄道各社が運転を見合わせたことで、帰宅困難者が大量に出るなど、首都圏は一時パニックに陥った。「地殻変動の異変により、大地震につながる“ストレス”がたまってしまったエリアが、日本各地に何箇所もできてしまったと推測されます。なかでも危険だと考えられるのが、千葉市や市川市(共に千葉県)の周辺でした。10月7日の地震の震源地は千葉県北西部だったので、その“ストレス”の一環と考えられます」(高橋さん) 近い将来、さらに大規模な地震が首都圏を襲う可能性もあるという。東海大学海洋研究所の地震予知・火山津波研究部門客員教授の長尾年恭さんが語る。「ある地域で地震が少なくなる現象を『静穏化』といい、その期間が長いほど、地震が発生したときの規模は大きくなると考えられています。関東地方は、昨年から静穏化が起きていた地域が多いので危惧していたのですが、10月7日に発生した地震はマグニチュード(以下、M)5.9と、思ったより大きくなかった。これはまだまだ巨大地震が起きる余地を残していることを示していて、M7クラスの地震が起こったとしてもおかしくはありません」 10月7日の地震は、活断層がズレることで発生する「直下型地震」だった。前出の島村さんはこう懸念する。「プレートのひずみが引き起こす海溝型地震とは違い、直下型地震は人が住んでいる場所の真下で発生します。そのため、それほど大きな地震でなくとも、被害は非常に大きくなる。直下型地震だった阪神・淡路大震災はM7.3で、地震の規模そのものは、東日本大震災の2000分の1程度でした。にもかかわらず、6000人以上が命を落とした。 10月7日の地震では被害が抑えられましたが、今後、M7クラスが発生すれば、人命にかかわる地震になる可能性は高い」 地殻変動の異変によってリスクが増したのは、首都圏だけではない。 前出の長尾さんが危険視するのは、能登半島(石川県)の先端部にあたる地域だ。9月16日、このエリアを震源とする震度5弱の地震があり、10月中にも震度3が3回も観測された。「GPSによる地殻変動のデータで、ここ最近、能登半島周辺の地面がどんどん『隆起』していることが判明しています。火山がない地域でこれほど隆起するのは珍しく、最近頻発している地震との関連が指摘されています。この地域でこれまでに起きた地震は“前震”の可能性があり、今後さらに大きな地震が起こるかもしれません」(長尾さん) この地域では現在、昨年12月に比べて約3cmも地面が隆起し、直下型の地震が頻発している。 同じく、近畿地方でも直下型の地震が続いている。「活発化した太平洋プレートの“しわ寄せ”をいちばん受けているのが、近畿地方一帯です。特に、亀岡市(京都府)や琵琶湖(滋賀県)の周辺。8月以降、このエリアで地震が増えているのはこのためです」(高橋さん) さらには10月20日に阿蘇山(熊本県)が噴火したが、これも太平洋プレートに押されたフィリピン海プレートが、“玉突き”のようにユーラシアプレートの中のマグマを圧縮したことによるものだという。 太平洋プレートの活発化はほかのプレートに大きな影響を及ぼしている。そこで専門家が注目しているのが、太平洋プレートとの関係性が深く、「南海トラフ」の震源域があるフィリピン海プレートの動きだ。「フィリピン海プレートは、ユーラシアプレートの下に毎年数cmの速度で潜り込んでいます。その動きによってひずみが蓄積していき、やがて限界に達してユーラシアプレートが跳ね上がると、長年危惧されている『南海トラフ地震』が発生します」(島村さん) 政府は2019年に、30年以内に南海トラフ地震が発生する確率を80%と予測した。ただでさえ高い確率だが、地殻変動の異変がこの確率を引き上げている可能性もある。高橋さんが警鐘を鳴らす。「静岡県西部の浜名湖や、愛知県南東部の豊橋市の周辺に、ここ数か月で“ストレス”がたまっています。これらのエリアは南海トラフの東端にあたり、巨大地震を引き起こすきっかけになる可能性を否定できません」 最近は西日本のあちこちで直下型地震が続いているのだが、これも南海トラフ地震発生の不安材料だ。「歴史記録上、南海トラフ地震は過去に13回起きています。それらをつぶさに見ると、西日本で直下型地震が続いた後に発生するという“法則”があるんです。1944年の『昭和東南海地震』と1946年の『昭和南海地震』は、いずれも発生の前には『鳥取地震』(1943年)や『三河地震』(1945年)といった直下型地震が発生しています。 直近2つの南海トラフ地震はさほど規模が大きくなかったため、次にくるときはさらに大きなエネルギーがたまっていることが予想される。東日本大震災と同等のM9クラス、もしくはそれ以上の可能性は大いにあり得ます」(島村さん) 発生する季節にも、不気味な共通点がある。「過去13回の南海トラフ地震のうち、5回が12月に発生し、多くが秋から冬にかけて起きています。明確な理由は明らかになっていませんが、この事実を無視することはできません」(島村さん)※女性セブン2021年12月2日号
2021.11.19 16:00
女性セブン

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