ライフ

薬都・富山が生んだフィルム製剤 水不要、のみ込むのも不要

 口の中に入れたわずか数センチのフィルムは、すぐさま溶けてなくなった。薬効成分が含まれたれっきとした医薬品だ。水もいらない、のみ込むことすら不要という新しい「医薬品」は、富山の中小メーカーが生み出していた――。(文中敬称略)

 富山の売薬の歴史は古い。加賀百万石前田家の支藩富山藩藩主・前田正甫(利家のひ孫)が、産業振興として推進したのが始まりだ。300年以上経た今日でも富山は地場の製薬企業が多く、「薬都」と称される。

 製薬会社といえば、巨額の研究開発費が必要なことから、1990年代以降、世界規模での企業合併が繰り返されてきた。規模の小さい富山の製薬会社の生き残りをかけた戦いが始まった。

 外用貼付剤(湿布などの貼り薬)の専門メーカーとして名をはせていた救急薬品工業は、長年培ってきたその技術に新たな「鉱脈」を見出した。その端緒は1992年。この年、口内炎用の外用貼付剤を開発したのだ。同社初めての「口の中」に入れる製品。画期的なことだった。

 同社の研究開発部に所属する粟村(あわむら)努(39)の入社は1996年。口内炎用の貼付剤を開発して4年が経過していた。当時、外用貼付剤業界はマーケットの拡大で製品競争のまっただ中。新事業の開発はいったん中断されていた。粟村も湿布剤の開発を手がけていたが、上司に呼び出され、口腔内フィルム製剤の開発担当になるよう指示された。

 当時、口腔内フィルム製剤に挑む企業はなく、世界で初めての取り組みだった。ニッチだけれどもオンリーワンの技術の確立を目指す粟村の挑戦が始まった。

 粟村がまず取り組んだのが、「処方設計」。今まで例のないミクロン単位の薄いフィルム医療品への挑戦は難問の連続だった。溶ける「速さ」、品質を所定の「期間」保てるかどうか、さらに「味」。試作しては確認し、確認しては試作する繰り返しだった。専用ラインがなかったため、実験台の上での作業は気が遠くなるようだった。

 それでも、粟村はめげない。「苦労を苦労と感じるようではモノづくりはできない」。それが信念なだけに、全く辛くはなかった。

 さらに、どのような薬が口腔内フィルム製剤に適しているのか、粟村は、用途も考慮し、大手製薬メーカーの担当者とともに開発すべき薬を模索。真っ先に開発したのがトローチだった。

 ひと口にトローチといっても、フィルムに塗布する処方が無数にある。処方次第で舌触りや効き目が現われる時間も微妙に異なってくる。どの処方が口腔内フィルム製剤に適しているのか。一つ一つ地道に検証する作業が続いた。

 その粟村が手がけたトローチの口腔内フィルム製剤の商品化は2003年。上顎にくっつくフィルム剤トローチ、大鵬薬品『ペレックストローチ』は、アナウンサーや俳優に絶賛された。

 粟村はその後も口腔内フィルム製剤の開発を続けている。下痢止め薬の『トメダインコーワフィルム』『コルゲンコーワ鼻炎フィルム』(いずれも興和)など一般市販薬を続々と世に送り出している。

 今では口腔内で10秒から30秒で溶ける「速溶型」に加え、30分から8時間かけて溶ける「貼付型」と自在に時間を調整する技術も編みだした。「貼付型」は、注射剤の代替となる可能性から医療機関から注目される存在だ。

※週刊ポスト2012年10月26日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

東川千愛礼(ちあら・19)さんの知人らからあがる悲しみの声。安藤陸人容疑者(20)の動機はまだわからないままだ
「『20歳になったらまた会おうね』って約束したのに…」“活発で愛される女性”だった東川千愛礼さんの“変わらぬ人物像”と安藤陸人容疑者の「異変」《豊田市19歳女性殺害》
NEWSポストセブン
児童盗撮で逮捕された森山勇二容疑者(左)と小瀬村史也容疑者(右)
《児童盗撮で逮捕された教師グループ》虚飾の仮面に隠された素顔「両親は教師の真面目な一家」「主犯格は大地主の名家に婿養子」
女性セブン
組織が割れかねない“内紛”の火種(八角理事長)
《白鵬が去って「一強体制」と思いきや…》八角理事長にまさかの落選危機 定年延長案に相撲協会内で反発広がり、理事長選で“クーデター”も
週刊ポスト
ディップがプロバスケットボールチーム・さいたまブロンコスのオーナーに就任
気鋭の企業がプロスポーツ「下部」リーグに続々参入のワケ ディップがB3さいたまブロンコスの新オーナーなった理由を冨田英揮社長は「このチームを育てていきたい」と語る
NEWSポストセブン
たつき諒著『私が見た未来 完全版』と角氏
《7月5日大災害説に気象庁もデマ認定》太陽フレア最大化、ポピ族の隕石予言まで…オカルト研究家が強調する“その日”の冷静な過ごし方「ぜひ、予言が外れる選択肢を残してほしい」
NEWSポストセブン
佐々木希と渡部建
《渡部建の多目的トイレ不倫から5年》佐々木希が乗り越えた“サレ妻と不倫夫の夫婦ゲンカ”、第2子出産を迎えた「妻としての覚悟」
NEWSポストセブン
大阪・関西万博で、あられもない姿をする女性インフルエンサーが現れた(Xより)
《万博会場で赤い下着で迷惑行為か》「セクシーポーズのカンガルー、発見っ」女性インフルエンサーの行為が世界中に発信 協会は「投稿を認識していない」
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(HP/Xより)
《東洋大学に“そんなことある?”を問い合わせた結果》学歴詐称疑惑の田久保眞紀・伊東市長「除籍であることが判明」会見にツッコミ続出〈除籍されたのかわからないの?〉
NEWSポストセブン
愛知県豊田市の19歳女性を殺害したとして逮捕された安藤陸人容疑者(20)
事件の“断末魔”、殴打された痕跡、部屋中に血痕…“自慢の恋人”東川千愛礼さん(19)を襲った安藤陸人容疑者の「強烈な殺意」【豊田市19歳刺殺事件】
NEWSポストセブン
都内の日本料理店から出てきた2人
《交際6年で初2ショット》サッカー日本代表・南野拓実、柳ゆり菜と“もはや夫婦”なカップルコーデ「結婚ブーム」で機運高まる
NEWSポストセブン
無期限の活動休止を発表した国分太一
「こんなロケ弁なんて食べられない」『男子ごはん』出演の国分太一、現場スタッフに伝えた“プロ意識”…若手はヒソヒソ声で「今日の太一さんの機嫌はどう?」
NEWSポストセブン
1993年、第19代クラリオンガールを務めた立河宜子さん
《芸能界を離れて24年ぶりのインタビュー》人気番組『ワンダフル』MCの元タレント立河宜子が明かした現在の仕事、離婚を経て「1日を楽しんで生きていこう」4度の手術を乗り越えた“人生の分岐点”
NEWSポストセブン