【書評】『巡るサービス──なぜ地方の小さなビジネスホテルが高稼働繁盛ホテルになったのか』(近藤寛和/オータパブリケイションズ/1575円)
【評者】青木均(愛知学院大学教授・流通論)
勤務地が数駅移動しただけで、通勤がつらくなったからと会社を辞めてしまう、遊び好きのお気楽OLがホテル経営者になって、繁盛ホテルを作り上げる。この本はそんな女性経営者とそのもとで働くスタッフたちの奮闘物語です。
裕子は、親が始めた埼玉の田舎にある小さなビジネスホテルを兄とともに継いで、経営者になりました。最初のつまずきは、売り上げ増を図ろうと、新館を建てたときでした。
稼働率が上がらない、スタッフが辞めていく、テナントが倒産するなどトラブルがつぎつぎ起こります。さらには、信頼していたスタッフの怠慢・職権乱用も。
裕子はそれをきっかけに、「どうすればお客様に喜んでいただけるのか」を考え抜く、“徹底したおもてなし”経営にかじを切ります。安売り競争が激化しているビジネスホテル業界では、徹底した効率経営が基本です。
そのために、いろいろなサービスを削り、チェックインさえも機械化し、スタッフを減らします。しかし、裕子のホテルは積極的に宿泊客にかかわっていくことを基本にします。何なりとフロントにお申し付けくださいという張り紙をあちこちに貼り、実際に、頼まれればスタッフは安全ピンひとつでも部屋まで届けるといいます。
宿泊客のデータを細かく記録して、その対応に生かすということも行っています。宿泊客が部屋をどのように使ったのか図を書いて残すという徹底ぶりです。スタッフと宿泊客との接点を増やすために、生ビールを利益度外視で安く宿泊客に売るということまでやっています。その間、経営陣、スタッフの間に衝突が起きますが、“徹底したおもてなし”には、皆やりがいを感じます。屈託ない笑顔の裕子中心に、皆の間に信頼と愛情が宿ります。
“徹底したおもてなし”は、外資系高級ホテルが目指して有名になった経営論です。しかし、地方の低価格ビジネスホテルがそれを実現していることを知って、私は驚きました。しかも、高い宿泊リピーター率を誇り、きちんと利益を出しているというのです。裕子たちは、女性の感性で経営を行うというだけでなく、経営学を学んで、合理的に戦略を考えだしていることも本書には描かれています。
こんな面白いビジネス書を読んだのは久しぶりです。一度そのホテルに泊まってみたいと思っています。だれか埼玉行きの出張をいいわたしてくれないかなあ、なんてお気楽なことを考えながら。
※女性セブン2012年11月29日・12月6日号