雛祭りは、生まれた女の子の無病息災を願うお祭りだ。そして、飾られる雛人形には、女の子の代わりに一生の災厄を身代わりさせる役割がある。以前は、女の子の母親の実家が選んで贈るものだったが、販売形式が多様化したこの10年ほどで、雛人形の買い方は多種多様になったという。
一般社団法人日本人形協会の広報委員長で株式会社晃月人形代表取締役の渡邊忍さんによれば、販売価格のボリュームゾーンは10~30万円で、平均で14万円程度。親王飾りや3段飾りなどコンパクトなものが好まれている。収納ケースが台座になったコンパクトなものや、和室がない住環境にあわせて、金屏風や緋毛氈ではなくパステル調のものが選ばれることも多い。
「10年ぐらい前から売り始めた量販店では、10万円以下の価格帯が多い。昔は、女の子にとって一生に一度の買い物だと考えましたが、とりあえず雛人形があればよいという考え方も出てきました。そういったご家庭にとって、安く形が整うのはありがたいですから、量販店は便利でしょう。一方で、先々週、東京の百貨店では230万円する雛人形が売れた例もあります。今は、その家の価値観にあわせて様々な買い方ができるんです」(渡邊さん)
もっとも、最近の雛人形は娘や孫のためだけではない。
日本の出生数は1973年をピークに下がり続け、女児が生まれたら買うのが相場だった雛人形の販売数も減り続けている。経済産業省の工業統計によれば、1985年以降の節句人形とあわせた出荷金額・事業所数はずっと減少傾向だ。では、子どもが減って雛人形の未来が暗いばかりなのかというと、意外な販売層が台頭してきた。女児の誕生とは関係なく、自分のために雛人形を買う女性たちの存在だ。
ひとりにひとつずつが基本の雛人形だが、姉妹が多かった時代は一家にひとつで済ませてきた。また、50年以上前は経済的余裕がない家も多かった。“マイ雛人形”を購入する女性には、自分のための雛人形がなかった団塊世代、シニア世代が目立つという。彼女たちに人気なのは、木目込人形など落ち着いた雰囲気で、周囲のインテリアになじむものが多い。少女時代の自分に思いを馳せるためか、長年の夢を叶えるためなのか……。
「お人形で女性のためにお祝いするのは、日本にしかない文化です。雛人形は年齢に関係なくお祝いしてよいものです。それに、お雛さまが嫌いな女性っていないでしょう? すべての女性をお祝いする日として、これからも雛祭りと雛人形は続いてほしいですね」(渡邊さん)
ちなみに、雛人形はお正月が明けたころから店頭に並び始め、購入者は2月の第1週と第2週の週末に集中する。年を越す前など、早めに予約すると割引を実施するお店も多い。だが実際には、3月3日の直前に購入しても割引があるのだと4年前ひとり娘のために雛人形を買った30代主婦は言う。
「何軒もの人形店やデパートの特別展などをまわるうち、雛人形には独特の割引システムが存在しているとわかりました。前年までに購入した友人から紹介されると割引クーポンが出たり、衣装や道具をサービスしてもらうといった形の値引きも。少子化のなか確実に顧客を確保しようと販売店も必死ですね」
マイ雛人形を購入したシニアから、若い主婦が割引クーポンをもらうのが当たり前になる日がやってくるかも。