これまで『逆説の日本史』で述べてきたように、言霊とは「言葉が霊力を持つ」という信仰です。言葉というものは記号にすぎませんが、古代社会では言葉に霊力、呪力が宿るものと信じられていました。
イギリスの民俗学の大家ジェイムズ・フレイザーは、その著書『黄金の枝』の中で「古代において帝王の名前は究極の機密とされた」と述べています。なぜなら、王の名が敵国に知られてしまうと、呪いをかけられてしまう危険があるからです。このように、王の名自体が本人そのものである、と考えるのが、言霊信仰です。
古代エジプトにおいても、国家機密に関することは文字にしなかったのではないかと思います。言葉は単なる記号ではなく、それ自体が「魂」をもった有機体であり現実を変える力を持つものだと信じる人々は、きわめて重要な情報については文字に残さなかった。だから、ピラミッドが何の目的でどのように使われたかについても、「隠されるべきこと」として記録しなかった。
私は、ピラミッドは王の魂の再生儀式に用いられた「装置」だったのではないかと想像しています。古代エジプト人の言霊信仰により、言葉での記録が残されなくなったことで、知識の蓄積ができなくなりました。これでは文明の発展どころか、逆に後退を招くことになります。古代エジプト文明が三千年も続きながら、最終的には崩壊していったのは、このためではないかと思っています。
(構成/内田和浩)
※週刊ポスト2014年2月7日号