この男をなんとしてでも歌手として売り出す。竹中の心はすぐにきまった。
「プロモーションするときにえこひいきって絶対必要やと思う。残念ながら担当するすべての歌手に均等に力を注ぐことはできない。ラジオやテレビ局にプロモーションに行くときに、一言でも二言でも、やしきたかじんの名を出すことによって相手にボディブローのように効いていく。
社長命令の全社一丸になって、というのは売れないんですよ。売れないとわかったら、一人去り、二人去り、最後は神輿(歌手)だけが残る。でも、この神輿に対して情熱さえあれば、歌手はものすごい力が出るんです」
1976年、たかじんはキングレコードから、全曲オリジナルのLP「TAKAJIN」とシングル「ゆめいらんかね」をリリースし、メジャーデビューを果たす。「ゆめいらんかね」は、一緒に暮らすはずだった女に去られる男の心境を歌った作品である。〈とりたての涙いらんかね〉〈やさしい女知らんかね〉というフレーズと美しいメロディが、頭から離れない佳作で、筆者が一番好きな楽曲である。
しかし、失恋や自らの一筋縄でいかない人生を切々と歌ったそれらの曲は、一向に売れなかった。私小説的過ぎて重かったのかもしれない、と竹中は分析する。
以降、キングレコードから4枚のアルバムを出すが、どれも歌手・やしきたかじんの存在感を示すには至らなかった。
※週刊ポスト2014年4月4・11日号