店主の草野延孝さん


 ボッカとは山言葉で、荷物を背負って山越えをすること。聞けば、鍋焼きうどんの具材も水もすべて、草野さんや店のスタッフらが人力で毎日、山荘へと運んでくるのだという。鍋割山荘は草野さんが小屋番を引き継いでから鍋焼きうどんを出すようになり、いつしか名物となった。それが1976年のことだ。コツコツと資材を担ぎあげて山小屋を改築し、冷蔵庫までも「ボッカ」して運んできたそうだ。

「この40年間で9500回は、ボッカしている。57歳までは110kgくらいの荷物を背負ってましたよ(笑い)。67歳になった今はもう100kg級の荷物はとても持てない。毎日ボッカするけれど若いスタッフに手伝ってもらっているので、僕が1度に荷上げするのは30~40kgくらい。2~3年くらい前まではまだ、毎日60kgくらいまではあげていたんだけどねぇ」

 草野さんは、怪力の持ち主とは思えない小柄な体型だ。そんな苦労の末につくられていたと知ると、感謝の気持ちで味わいも深みを増す。草野さんが語る。

「僕自身がヒマラヤなどに登った経験から、山小屋に到着したときは何が食べたいか考えたんです。やっぱりあったかいものが食べたいから、うどんがいいかなと。バランス良くお腹いっぱい食べてほしいから、ボリュームのある鍋焼きうどんにしました。生鮮品を揃えて手作りするのが僕のこだわりです」

 15年ほど前は1日100杯ほどの注文だったが年々その数は増え、昨年11月には過去最高の1日615杯を記録。取材班が訪れた日も280杯を売り上げていた。「年末なのに、どうしてこんなに売れるのかな」と照れ笑いするが、食べる人にその想いが伝わるからなのだろう。

 鍋焼きうどんにお腹も心も満たされ、山荘を後にした。相も変わらずよろよろと山道を下っていると、草野氏一行に追い越された。「足元に気をつけてね!」と話す草野さんの背中には、発泡スチロールの箱詰めのゴミが数箱積まれている。

 その高さは身長をゆうに超え、重さも30kgを超すという。一行はあっという間に見えなくなり、最後まで感服するばかり。心に残る、山頂の鍋焼きうどん。登山初心者には覚悟が必要だが、それに見合う感動に出会えるはずだ。

■取材・文/渡部美也 ■撮影/岩本朗

※週刊ポスト2016年2月5日号

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