先進国を中心に「医療」が大きな転換期を迎えている。病気を患ってからの「治療」ではなく、「予防」の段階に力を注ぐほうが国民の健康寿命は延び、医療費も削減できるからだ。国立病院機構函館病院病院長の加藤元嗣氏がいう。
「私の試算では、胃がんにかかると2年間で一人平均142万円の治療費がかかる一方、胃がんを予防するのにかかる費用は一人あたり約40万円となります」
しかし、予防医療の普及の歩みは早くない。自治体の胃がん検診では2016年3月まで、バリウム検査が国の推奨する唯一の検査方法だった(現在は胃内視鏡検査との選択制)。
バリウム検査は以前から「見逃し」の多さが指摘されていた。事実、1年間で新たに発見される胃がん患者約13万人のうち、自治体のバリウム検査で見つかるのはわずか6000人(厚労省、「地域保健・健康増進事業報告」、2013年度)。
一方で、発見率の高さと医療費削減への貢献が期待できる検診方法に「胃がんリスク検診」(通称、ABC検診)がある。ピロリ菌の感染の有無と粘膜の萎縮度をチェックし、リスクの高い人に内視鏡検査を行なう手法だ。東京・目黒区では、このABC検診が導入され、胃がん患者一人を発見するのにかかったコストを従来の検診と比較すると「ABC検診180万円、バリウム検診2100万円」と大差がついた(2008~2012年)。
にもかかわらず、ABC検診を導入する自治体は全体の1割にも満たない。『バリウム検査は危ない』の著書があるジャーナリストの岩澤倫彦氏は、その理由として「医療ムラ」の存在を指摘する。
「かつてはバリウム検査が胃がん発見に貢献した時代もありましたが、次第にその検査を仕事とする人たちの既得権となり、時代遅れのものになってからも温存されている状況がある。
胃がんのバリウム検査に自治体が投じる予算は年間約600億円とされ、実施団体は検診車などに多額の“投資”をしている。役人、医師、放射線技師などバリウム検査を食い扶持とする“検診ムラ”の存在がABC検診の普及を妨げている面があるのは明らかでしょう」
これこそ、医療の「不都合な真実」である。
※週刊ポスト2017年2月10日号